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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus


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第6話 許嫁

「二人は許嫁よ」


 楓が、何でもないことのように告げた。


 和室が静まり返る。


「……え?」


「……え?」


 縁之丞と本子は、揃って目を瞬かせた。


 数秒の沈黙。


 そして。


「「ええええええぇぇぇっ!?」」


 二人の声が、和室中へ響き渡った。


「ちょっと待って!」


 縁之丞が勢いよく立ち上がる。


「どういうこと!?」


「どういうことって、そのままの意味だけど」


 楓は不思議そうに首を傾げた。


「俺たちが結婚するってこと!?」


「昔は、そのつもりだったわね」


「昔は?」


 本子も身を乗り出す。


「二人が幼い頃、両家でそういう話をしたのよ」


「聞いてない!」


「言ったわよ?」


「いつ!?」


「三歳くらいだったかしら」


「覚えてるわけないだろ!」


 縁之丞が思わず頭を抱える。


 本子も負けじと抗議した。


「三歳の子に『許嫁』って説明して、理解できると思ったの?」


「本子は頷いてたわよ」


 彩葉がくすりと笑う。


「『大きくなったら、えんのじょうくんとケッコンする!』って」


「絶対、意味分かってないよ!」


「縁之丞も言っていたぞ」


 隼人が懐かしそうに笑う。


「『もとこちゃんと、ずっと一緒にいる』って」


「それも子供の発言だろ!」


 縁之丞が勢いよく言い返した。


「でも、二人とも嫌とは言わなかったわよ」


 楓が楽しそうに微笑む。


「むしろ、大喜びしてたわね」


「三歳の俺たちを今の俺たちに含めるなよ!」


「そうだよ!」


 本子も何度も頷く。


「その頃なんて、結婚が何かも分かってなかったから!」


「本子は、お嫁さんになったら毎日一緒に遊べると思っていたみたいよ」


 彩葉が思い出したように言う。


「縁之丞も、毎日お菓子を半分もらえるって喜んでたな」


 清之丞も静かに付け加えた。


「俺、最低じゃない?」


「三歳だからね」


 本子が苦笑する。


 四人の大人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。


「そんなに慌てなくても大丈夫よ」


 楓が二人を落ち着かせるように言う。


「正式な婚約ではないの」


「法的な拘束もない」


 清之丞も静かに続けた。


「家から結婚を命じるつもりもない」


「昔、両家で話しただけなのよ」


 彩葉が笑顔で補足する。


「二人が大きくなって、それでもお互いを選ぶなら、その時は結婚できたらいいねって」


「今の時代、家同士の都合で無理に結婚させるつもりはないよ」


 隼人も穏やかに頷いた。


「だから、嫌なら断っていい」


「嫌なら……」


 本子が小さく呟く。


 縁之丞も、隣に座る本子へ視線を向けた。


 断っていい。


 そう言われれば、何も問題はないはずだった。


 正式な婚約ではない。


 嫌なら、これまで通り幼馴染として過ごせばいい。


 それなのに。


 なぜか二人とも、その場ですぐに断ることはできなかった。


「ただ……」


 楓と彩葉が顔を見合わせる。


「二人が一緒になってくれたら、私たちは嬉しいけどね」


「そうね」


 彩葉がにこにこと笑う。


「二人、お似合いなんだから」


「昔から夫婦みたいな距離感だしな」


 隼人も笑いながら続けた。


「高校一年生の夫婦がいてたまるか!」


 縁之丞が即座に叫ぶ。


「いるわけないでしょ!」


 本子も顔を赤くして声を上げた。


「でも、お互いの家を勝手に出入りしているでしょう?」


 楓が指を折りながら数え始める。


「冷蔵庫も普通に開けるわよね」


「部屋にも勝手に入る」


 清之丞が頷く。


「ソファで並んで昼寝もしているな」


 隼人も付け加えた。


「それは、家族みたいなものだからだよ!」


 縁之丞は頭を抱える。


「幼馴染だから!」


「そうそう!」


 本子も何度も頷いた。


「小さい頃から一緒だから、慣れてるだけ!」


「ふふっ」


 彩葉が楽しそうに笑う。


「まあ、本人たちがそう言うなら」


 その一言で。


 縁之丞と本子は、思わず互いの顔を見た。


 目が合う。


「…………」


「…………」


 いつもなら、何とも思わない。


 毎日のように顔を合わせている相手だ。


 目が合ったくらいで、意識する理由などなかった。


 けれど。


 結婚。


 許嫁。


 先ほど聞かされた言葉が、二人の頭へ浮かぶ。


 縁之丞と本子は、ほとんど同時に視線を逸らした。


 その様子を見て、大人たちは笑いを堪えている。


「別に、今すぐ返事をしなくてもいいのよ?」


 楓が優しく言う。


「するわけないだろ!」


 縁之丞が即座に答える。


「高校へ入学したばっかりだぞ!」


「そうそう!」


 本子も何度も頷いた。


「まだ、そういうことは全然考えてないから!」


「はいはい」


 楓は笑いながら、料理へ手を伸ばした。


「ご飯が冷めてしまうから、続きは食べながらにしましょう」


「そうだな」


 清之丞も箸を持つ。


 大人たちは、何事もなかったように食事を再開した。


 しかし。


 縁之丞と本子だけは、そうはいかなかった。


 食卓の中央にある煮物へ、二人が同時に箸を伸ばす。


「あ」


「あっ」


 箸を持つ手が、触れそうになる。


 二人は反射的に手を引っ込めた。


「……どうぞ」


 縁之丞が、ぎこちなく譲る。


「縁之丞こそ」


「いや、本子が食べれば?」


「……じゃあ、もらうね」


「うん」


 本子は煮物を一つ取り、自分の皿へ載せた。


 それきり、二人の間へ妙な沈黙が落ちる。


 普段なら、


「それ、俺が取ろうと思ってたのに!」


「早い者勝ちでしょ」


 と取り合いになるような場面だった。


 それなのに今は、どこかよそよそしい。


「二人とも、急に大人しくなったわね」


 彩葉が楽しそうに言う。


「別に」


「何でもない」


 二人は揃って答えた。


 声まで重なってしまい、再び目が合う。


 今度は、どちらもすぐに顔を逸らした。


「本当に息ぴったりね」


「だから、違うって!」


「違うから!」


 慌てて否定する声まで綺麗に重なり、大人たちの笑い声が和室へ広がった。


 幼馴染。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 二人はずっと、そう思っていた。


 けれど、許嫁という言葉を知っただけで。


 いつもと同じはずの相手を、急にいつも通り見られなくなってしまった。

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