第5話 両家の夕食
高校へ入学して数日が過ぎた、ある休日。
霧島家では、昔から恒例となっている両家の食事会が開かれていた。
広い和室には大きな座卓が置かれ、霧島家と鬼灯家の六人が食卓を囲んでいる。
家族ぐるみの付き合いは、縁之丞と本子が生まれるよりも、ずっと前から続いていた。
そのため、この食事会も改まったものではない。
親戚同士が集まるような、気楽な時間だった。
「縁之丞、これ食べる?」
本子が、椎茸の煮物を箸で持ち上げる。
「椎茸?」
「うん」
「いらない」
「好き嫌いは駄目だよ」
「じゃあ、本子が食べて」
「仕方ないなあ」
本子は苦笑しながら、そのまま自分の皿へ戻した。
「相変わらずね」
優しく微笑んだのは、縁之丞の母、霧島楓だった。
「昔から、椎茸だけは食べなかったものね」
「無理なものは無理」
「高校生にもなって好き嫌いか」
呆れたように笑うのは、縁之丞の父、霧島清之丞である。
「本子は偉いな」
穏やかに頷いたのは、本子の父、鬼灯隼人だった。
「何でも食べる」
「好き嫌いすると、お母さんに怒られるから」
「それだけじゃないでしょ」
明るく笑ったのは、本子の母、鬼灯彩葉である。
「本子は昔から、好き嫌いがなかったもの」
「縁之丞も見習ったら?」
本子が椎茸を口へ運びながら言う。
「何で食事中に説教されないといけないんだよ」
「食事の話だからじゃない?」
「それっぽいこと言うな」
本子は楽しそうに笑った。
そんな二人のやり取りを、大人たちは穏やかな表情で見守っていた。
乾杯を終え、食事が進む。
「二人とも、高校入学おめでとう」
楓が改めてグラスを持ち上げた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
縁之丞と本子が揃って頭を下げる。
「いやあ」
清之丞がしみじみと呟いた。
「もう高校生か」
「本当に早いわね」
彩葉も懐かしそうに笑う。
「ついこの前まで、お庭を走り回っていたのに」
「縁之丞が木刀を持って、本子が後ろから追いかけていたな」
隼人が笑いながら言う。
本子は首を横へ振った。
「逆だよ」
「私が縁之丞の木刀を持って逃げたの」
「ああ、そうだったな」
清之丞も、思い出したように笑う。
「縁之丞は、泣きそうな顔で追いかけていた」
「そんなことあったっけ」
「覚えてないの?」
「俺、怒られた記憶しかない」
「木刀を取られたのは、お前が油断していたからだ」
清之丞が真面目な顔で言う。
「子供の頃から、本子には背後を取られていたな」
「今も取られるけど」
本子が何でもないことのように付け加える。
「それは本子が普通じゃないんだよ」
「私は普通に歩いてるだけだよ」
「絶対嘘だろ」
「昔から変わらないわね」
楓がくすくすと笑う。
「本子がいたずらをして、縁之丞が文句を言うの」
「今も同じだな」
隼人も笑った。
「高校生になっても、仲がよくて何よりだ」
「理不尽な目に遭ってるだけなんだけど」
「楽しそうだからいいじゃない」
本子が笑う。
「本子は楽しいだろうな」
和やかな笑い声が、和室へ広がった。
料理を取り分けながら交わされていた昔話は、やがて両家の歴史へ移っていく。
「霧島家と鬼灯家は、代々付き合いの長い家なのよ」
楓がゆっくりと言う。
「それは知ってる」
縁之丞が頷いた。
「昔は、両家で婚姻することも多かったの」
本子が少し首を傾げる。
「それ、前にも聞いたことあるかも」
「そうそう」
彩葉が嬉しそうに頷く。
「昔はね、お互いに助け合ってきた家だから」
「古い記録では、主従のように書かれていることもある」
隼人も続けた。
「でも、実際は違う」
清之丞が静かに言う。
「互いに支え合ってきた、対等な家同士だ」
「表で戦う霧島家と、陰から支える鬼灯家」
楓が微笑む。
「得意なことが違ったからこそ、長く協力してこられたのでしょうね」
「だから今でも、こうして家族ぐるみの付き合いが続いているのよ」
彩葉が料理を取り分けながら言う。
「子供たちが小さい頃から武道を習うのも、両家で同じだしね」
「なるほど」
縁之丞が頷く。
両家の歴史については、小さい頃から何度も聞かされていた。
ただし、自分たちがそこへ深く関わるような話だとは思っていない。
遠い昔から続いている、家同士の古い縁。
二人にとっては、それくらいの認識だった。
「昔は、両家の血が混ざった方が、家同士の結びつきも強くなると考えられていたんだ」
清之丞が説明する。
「今でも?」
縁之丞が気軽に尋ねる。
「昔ほどではないけどね」
隼人が笑った。
「今は、本人たちの意思が一番だから」
「時代も変わったものね」
彩葉がしみじみと言う。
それから話題は、再び縁之丞と本子の幼い頃へ戻っていった。
「本当に二人は、赤ちゃんの頃から一緒だったものね」
楓が懐かしそうに目を細める。
「初めて歩いた時期も、ほとんど同じだったわね」
「武道を始めた日も」
「七五三も」
「家族旅行も」
「思い返すと、本当にずっと一緒ね」
彩葉が笑う。
「二人とも、昔から本当に仲がよかったのよ」
「今も仲いいけど」
本子が何気なく答える。
「そうね」
楓は優しく頷いた。
そのまましばらく考え込む。
やがて、何かを思い出したように小さく首を傾げた。
「そういえば……」
箸を置き、縁之丞と本子の顔を交互に見る。
「二人には、話してなかったかしら?」
縁之丞と本子が、同時に顔を上げた。
「何を?」




