第4話 高校入学
春。
霧島縁之丞と鬼灯本子は、私立聖フェリス学園高等部へ進学した。
入学式当日。
二人は真新しい制服に身を包み、いつものように並んで通学路を歩いていた。
「縁之丞、ちょっと止まって」
「何?」
本子に呼び止められ、縁之丞が足を止める。
本子は縁之丞の正面へ回ると、曲がっていたネクタイへ手を伸ばした。
「ネクタイ曲がってる」
「あ、本当?」
「じっとしてて」
本子は慣れた手つきで結び目を整える。
縁之丞も、特に気にする様子はない。
ただ、周囲を歩いていた新入生たちが、ちらちらと二人を見ていた。
真新しい制服を着た男女が向かい合い、少女が少年のネクタイを直している。
事情を知らなければ、恋人同士にしか見えない光景だった。
「はい、終わり」
「ありがとう」
「初日くらい、ちゃんとしてよね」
「本子がいるから大丈夫」
「私がいなかったらどうするの?」
「多分、曲がったまま」
「威張ることじゃないよ」
本子は呆れながらも笑った。
二人にとっては、いつも通りのやり取りだった。
聖フェリス学園は、小学部から大学部まで続くエスカレーター式の私立学園である。
高等部から入学する生徒もいるが、多くはそのまま内部進学する。
そのため校舎が変わっても、周囲には見覚えのある顔が多かった。
「高校生になった感じしないね」
本子が校門を見上げながら言う。
「制服が変わっただけだからな」
「校舎も変わったよ」
「でも、いるやつは大体同じだろ」
「あ、本当だ。あそこに中学の時の先輩いる」
「先生も見たことある人ばっかりだしな」
新しい学校へ進学したというより、同じ学園の少し大きな校舎へ移っただけ。
二人には、そんな感覚だった。
昇降口の前には、クラス分けを確認する生徒たちが集まっていた。
「人、多いね」
「見える?」
「全然」
本子が背伸びをする。
しかし、前に並ぶ生徒たちに隠れて、掲示板までは見えない。
「前まで行くか」
「うん」
本子は、はぐれないように縁之丞の袖を掴んだ。
だが、何度も周囲の生徒とぶつかりそうになり、途中から自然に手を繋ぐ。
二人とも、そのことを特に気にしなかった。
「縁之丞、もう少しゆっくり」
「悪い」
「手、離さないでね」
「分かってる」
人混みを抜け、ようやくクラス表の前まで進む。
二人は並んで、自分たちの名前を探した。
「本子、名前あった?」
「あった。F組」
「俺は……あ、あった」
「何組?」
「同じ。F組」
本子の顔がぱっと明るくなる。
「やった。同じクラスじゃん」
「これで高校でも困らないね」
「俺が困る前提なの?」
「違うの?」
「……否定できない」
本子が楽しそうに笑いながら、縁之丞の肩を軽く叩く。
縁之丞も、その肩へ自然に腕を回した。
「一年間、よろしくな」
「うん。よろしく」
その時。
後ろから、聞き慣れた声が飛んできた。
「お前ら、今年も一緒かよ」
二人が振り返る。
そこには、中学部から顔なじみの男子生徒が立っていた。
「おお。同じクラス?」
「俺はE組。隣だな」
「惜しかったね」
「いや、別にお前らと同じになりたかったわけじゃない」
男子生徒はそう言いながら、縁之丞の腕へ視線を向けた。
「それにしても、相変わらずだな」
「何が?」
「その距離感」
縁之丞は首を傾げる。
「普通だろ」
「普通じゃねえよ」
「そう?」
本子まで首を傾げた。
男子生徒は深くため息をつく。
「お前ら、高校でも付き合ってるって言われるぞ」
「違う違う。幼馴染だから」
「高校でもそれで押し通すのか?」
「だって、本当にそうだし」
「その肩に回してる腕を外してから言えよ」
縁之丞は、自分の腕を見る。
「あ」
本子も、自分の肩に回された腕を見た。
けれど、二人とも慌てて離れることはなかった。
「何か変?」
「変だよ」
「昔からやってるけど」
「昔からなら、変じゃないの?」
「昔からでも変だろ」
男子生徒は呆れたように言う。
縁之丞と本子は顔を見合わせた。
そして、同時に首を傾げる。
「分からん」
「分からないね」
「もういい」
周囲にいた内部進学の生徒たちは、また始まったと小さく笑う。
一方、高等部から入学した生徒たちは、肩を寄せ合う二人を見て、本当に恋人ではないのかと不思議そうな顔をしていた。
◇
教室へ入ると、座席表が黒板へ貼られていた。
縁之丞と本子の席は、少し離れている。
「隣じゃなかったね」
「同じクラスなだけでも十分だろ」
「縁之丞、授業中に寝ないでね」
「初日から寝ないよ」
「教科書も忘れないでね」
「初日から忘れないだろ」
本子はじっと縁之丞を見る。
「中学の入学式で、筆箱を忘れた人が何か言ってる」
「まだ覚えてたのかよ」
「忘れるわけないでしょ。私の筆箱を二人で使ったんだから」
「貸してくれたから助かった」
「消しゴムまで使い切ったよね」
「あれは悪かった」
「だから、今日はちゃんと持ってる?」
「持ってるよ」
縁之丞は鞄を開き、中から筆箱を取り出して見せた。
本子が満足そうに頷く。
「よろしい」
「母親かよ」
「私が見てないと心配だから」
「そんなに信用ない?」
「ないね」
「即答かよ」
本子は笑いながら、自分の席へ向かう。
縁之丞も席へ座り、教室を見渡した。
新しい教室。
新しい制服。
見慣れない生徒も少しだけいる。
今日から始まる、高校生活。
それでも。
何かあれば最初に声をかける相手も。
忘れ物をすれば頼る相手も。
放課後に一緒に帰る相手も。
きっと、今までと変わらない。
高校へ進学しても、二人は当たり前のように隣にいる。
この時の縁之丞と本子は、そう信じていた。




