第3話 ただの幼馴染
中学生になると、縁之丞と本子は、周囲から冷やかされることが増えた。
二人は毎日、一緒に登下校する。
昼休みも、気づけば隣にいる。
休日になれば、互いの家を行き来してゲームをしたり、二人で出かけたりする。
何も知らない者から見れば、仲のよい恋人同士にしか見えなかった。
「お前ら、付き合ってるの?」
友人から尋ねられるたび、二人は顔を見合わせて笑った。
「違う違う。幼馴染だから」
「でも、いつも一緒にいるじゃん」
「家が近いから」
「この前、手繋いでなかった?」
「人が多かったから」
「本子、霧島の飲み物を普通に飲んでたよな?」
「昔からやってるし」
「ゲームで勝った時、抱きついてなかった?」
「嬉しかったから」
「霧島も肩組んでたぞ」
「ふざけてただけ」
「お前ら、感覚おかしくない?」
二人は揃って首を傾げた。
「そう?」
友人は、呆れたようにため息をついた。
けれど二人にとっては、本当にそれだけのことだった。
◇
ある日の昼休み。
縁之丞と本子は、教室の後ろで机を向かい合わせて弁当を食べていた。
本子は自分の弁当を食べながら、縁之丞の弁当をじっと見つめる。
「何だよ」
「卵焼き」
「見れば分かる」
「一つちょうだい」
「嫌だ」
「どうして?」
「最後に食べようと思ってたから」
本子は少し考える。
そして、縁之丞が飲み物へ手を伸ばした隙に、素早く卵焼きを取った。
「あっ!」
本子はそのまま口へ運ぶ。
「美味しい」
「俺が最後に食べようと思ってたやつ!」
「知ってる」
「知ってて取ったのかよ!」
「うん」
悪びれる様子のない本子に、縁之丞は眉をひそめる。
本子は自分の弁当から煮物を一つ取り、空いた場所へ載せた。
「代わり」
「俺、これ嫌いなんだけど」
「好き嫌いはよくないよ」
「卵焼き返せ」
「もう食べた」
「じゃあ、もう一つ」
「そっちは私が食べたい」
「自分の弁当だろ!」
二人のやり取りを見ていた友人が、呆れたように口を挟む。
「それで付き合ってないって、無理があるだろ」
「何が?」
本子が首を傾げる。
「普通、他人の弁当から勝手に取らないだろ」
「縁之丞は他人じゃないし」
「お前も何とも思わないの?」
友人から尋ねられ、縁之丞は煮物を口へ運びながら答える。
「今さらだろ」
「それが今さらで済む関係がおかしいって言ってるんだよ」
本子は縁之丞の飲み物を手に取り、そのまま一口飲んだ。
「ちょっと。これ甘すぎない?」
「勝手に飲んで文句言うな」
「私の飲む?」
「飲む」
今度は縁之丞が、本子の飲み物を受け取る。
何のためらいもなく、同じ場所へ口をつけた。
友人はしばらく二人を見つめた後、深く息を吐く。
「もういい。お前らには何を言っても無駄だ」
「何で怒ってるんだ?」
「さあ」
二人は揃って首を傾げた。
◇
付き合っているわけではない。
けれど、ただの友達とも少し違う。
互いの好きな食べ物を知っている。
縁之丞が嫌いな野菜も、本子が甘い物を食べると機嫌がよくなることも知っている。
顔を見れば、機嫌が悪いことに気づく。
声を聞けば、体調が悪いことも何となく分かる。
本子が少し歩く速度を落とせば、縁之丞も何も言わず歩調を合わせた。
縁之丞が落ち込んでいる時には、本子も理由を聞かず隣へ座った。
人混みでは、はぐれないよう自然に手を繋ぐ。
飲み物や食べ物を、一口もらうことにも抵抗はない。
ゲームに勝った本子が、喜んで縁之丞へ抱きつくこともある。
ふざけた縁之丞が、本子の肩へ腕を回すこともある。
それでも、二人は何とも思わなかった。
今さら意識するような関係ではない。
会話が途切れても、何かを話さなければならないとは思わない。
何も話さず、隣を歩いているだけでよかった。
長い沈黙さえ、二人にとっては気まずいものではなかった。
恋人ではない。
兄妹でもない。
ただの友達とも少し違う。
それでも二人は、自分たちの関係を説明する言葉を、わざわざ探そうとはしなかった。
「幼馴染だから」
その一言で、すべて説明できると思っていた。
高校へ進学しても。
大人になっても。
きっと、今までと何も変わらない。
二人とも、そう信じていた。
ずっと隣にいることが、二人にとっての普通だった。
その普通に、いつか別の名前がつくことなど。
この時の二人は、まだ考えたこともなかった。




