第2話 名家の嗜み
名家である霧島家と鬼灯家には、子供たちへ中学卒業まで武道を習わせる慣例があった。
古くから受け継がれてきた伝統を絶やさないため。
そして、物騒な世の中で、自分や大切な人を守れるようにするためだった。
剣道、柔道、弓道。
さらに、両家に代々伝わる古い剣術や体術も、嗜みとして教えられる。
一族には妙に身体能力の高い者が多く、本家にも分家にも、武道の大会で名を知られた者が何人もいた。
縁之丞もまた、幼い頃から剣術を学んでいた。
小学校へ入ると剣道を始め、中学校では剣道部へ入部した。
間合いを見切るのが上手く、相手が動き出すよりも早く反応する。
三年生になる頃には、近隣の剣道部で縁之丞の名を知らない者はいないほどの実力者になっていた。
一方、本子も複数の武道を習っていた。
体術にも弓道にも非凡な才能を見せたが、中でも際立っていたのは、身のこなしと気配を抑える技術だった。
昔から、本子は人の背後へ回るのが異様に上手い。
ある日の帰り道。
縁之丞は道の途中で立ち止まり、携帯電話を眺めていた。
その背後へ、本子が静かに近づく。
足音はほとんど聞こえない。
縁之丞は、まったく気づく様子がなかった。
本子は口元を緩める。
背後からそっと両手を伸ばし、縁之丞の目を覆った。
「だーれだ」
「うわっ!」
縁之丞は大きく肩を跳ねさせた。
慌てて振り返ると、本子が楽しそうに笑っている。
「本子かよ。いつからいた?」
「さっきから」
「声かけろよ!」
「かけたよ。縁之丞が気づかなかっただけ」
「絶対、嘘だろ」
「本当だよ」
「じゃあ、何て言った?」
「縁之丞って、馬鹿だねって」
「それは聞こえたら振り向くわ!」
本子は堪えきれずに吹き出した。
「冗談だよ」
「絶対、今考えただろ」
「ばれた?」
「ばれるわ!」
何度やられても、縁之丞は直前まで本子の存在に気づけない。
剣道の試合では、相手のわずかな重心移動にも反応できる。
踏み込む瞬間を読み、一歩で間合いを詰めることもできる。
それなのに、無防備な時に近づく本子だけは、どうしても察知できなかった。
「剣道では強いのにね」
本子がくすくすと笑う。
「本子が変なんだよ」
「私は普通に歩いてるだけだけど?」
「普通の人は、そこまで気配が消えないから」
「縁之丞が油断してるだけじゃない?」
「油断してなくても気づかないんだよ」
「じゃあ、私の勝ちだね」
「何の勝負だよ」
「背後を取った方の勝ち」
「そんな勝負、初めて聞いたぞ」
本子は満足そうに笑う。
縁之丞は納得できないまま、頭をかいた。
けれど、本子に背後を取られることも。
驚かされて文句を言うことも。
最後には、二人で笑い合うことも。
すべて、幼い頃から何度も繰り返してきたことだった。
剣道では、どれほど素早い相手の動きも見逃さない。
それでも縁之丞は、昔から本子だけには気づけなかった。




