第59話 相合傘
横断歩道を渡り終えたあとも。
二人は一本の傘へ入ったまま、並んで歩いていた。
雨は弱まる気配がない。
傘へ当たる雨音が、絶え間なく響いている。
本子は縁之丞と繋いでいた手を離し、ふと隣へ目を向けた。
「縁之丞」
「何だ?」
「肩、濡れてるよ」
縁之丞の右肩は、傘から少しはみ出していた。
制服の布が雨を吸い、色が濃くなっている。
「これくらい大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょ」
「本子が濡れるよりいい」
「よくないよ」
本子は足を止めた。
縁之丞も、不思議そうに立ち止まる。
「何だよ」
「傘、こっちに寄せすぎ」
「二人で入るには小さいんだから仕方ないだろ」
「だったら」
本子は少しだけ迷ってから、縁之丞の腕を掴んだ。
そのまま、自分の方へ引き寄せる。
「もっと近くにいればいいじゃん」
「狭くないか?」
「離れるから濡れるんでしょ」
「そうだけど」
「じゃあ、これでいいの」
本子は縁之丞の腕へ、自分の腕を絡めた。
肩がぴったりと触れ合う。
さっきよりも、さらに近い。
「……歩きにくくないか?」
「少しだけ」
「離せばいいだろ」
「嫌」
本子は即座に答えた。
縁之丞が、少しだけ目を瞬く。
「何でだよ」
「また縁之丞が濡れるから」
「別にいいって」
「私がよくないの」
「変なところで頑固だな」
「縁之丞に言われたくない」
本子は縁之丞の腕を掴んだまま、再び歩き始めた。
縁之丞も小さく息をつき、その歩調へ合わせる。
◇
雨の中。
二人は身体を寄せ合いながら歩いていく。
傘の内側は狭く。
歩くたび、肩や腕が触れ合った。
縁之丞は特に気にしていないようだった。
けれど。
本子は、自分から掴んだ腕を意識してしまう。
制服越しに伝わる体温。
すぐ近くにある横顔。
雨音に混じって聞こえる、縁之丞の呼吸。
「本子」
「何?」
「さっきから静かだな」
「雨の音を聞いてたの」
「そんなに珍しいか?」
「今はちょっとね」
縁之丞は意味が分からないという顔をした。
本子はそれ以上説明せず、前を向く。
近くの店の窓ガラスに、二人の姿が映っていた。
一本の傘へ入り。
腕を組み。
ぴったりと寄り添って歩いている。
どう見ても。
ただの幼馴染には見えなかった。
「……相合傘だね」
本子がぽつりと呟く。
「最初からそうだろ」
「そういう意味じゃなくて」
「他に何があるんだ?」
「分からないならいいよ」
「何だよ、それ」
本子は小さく笑った。
以前なら。
相合傘をしても、何も思わなかった。
ただ傘が一本しかないから。
濡れないために、一緒へ入っているだけ。
それで終わっていた。
けれど今は。
縁之丞と一緒の傘へ入っていることが。
少しだけ嬉しい。
自分から腕を組んでいることが。
少しだけ恥ずかしい。
そのどちらも。
もう、雨を避けるためだけではなかった。
「本子」
「ん?」
「もう少し寄れ」
「え?」
「そっちの肩、出てる」
縁之丞が傘を持ち直し、本子の方へ少し身体を寄せる。
二人の距離が、さらに縮まった。
本子は驚いたあと。
縁之丞の腕を、少しだけ強く抱き寄せた。
「これなら濡れないね」
「ああ」
「縁之丞も?」
「多分な」
「多分なんだ」
「傘が小さいから仕方ないだろ」
「じゃあ、もっとくっつく?」
「歩きにくくなるぞ」
「冗談だよ」
本子は笑う。
けれど。
絡めた腕を離すことはなかった。
縁之丞も。
離れろとは、もう言わなかった。
一本の傘の下。
二人の距離は、雨を避けるために近づいた。
けれど。
本子がその距離を選んだ理由は。
もう、それだけではなかった。




