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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第57話 少しだけ

 数日後。


 放課後。


 二人は、いつものように並んで帰っていた。


 前方に交差点が見えてくる。


 歩行者用信号は赤だった。


 二人が横断歩道の手前で足を止めると。


 縁之丞が、何でもないことのように手を差し出した。


「ほら」


 本子は差し出された手を見る。


「あ、うん」


 少しだけ戸惑いながら、その手を握った。


「どうした?」


「何が?」


「反応遅かったから」


「ちょっと考え事してただけ」


「信号渡る時くらい前見ろよ」


「もう大丈夫だよ」


「念のためだ」


 縁之丞はそう言って、本子の手を握ったまま信号を見る。


 あの日のことがあってから。


 交差点を渡る時だけ、縁之丞は必ず本子の手を取るようになっていた。


 昔から何度も繋いできた手。


 映画館でも繋いだ。


 幼い頃には、何の意味もなく握っていた。


 それなのに。


 今は、手のひらが触れているだけで。


 本子の鼓動が、少しだけ速くなる。


「青になったぞ」


「うん」


 二人は手を繋いだまま、横断歩道を渡り始めた。


 縁之丞は車道側を歩いている。


 時折、左右へ視線を向けながら。


 本子が隣にいることを確かめるように、歩調を合わせていた。


 本子は、その横顔をそっと見上げる。


「何だよ」


「別に」


「また前見てないだろ」


「縁之丞が見てくれてるから大丈夫」


「自分でも見ろ」


「はーい」


 本子は小さく笑った。



 交差点を渡り終えても。


 繋いだ手は、そのままだった。


 縁之丞が離さないから。


 本子も、離そうとはしなかった。


 しばらく歩いたあと。


 本子は、そっと縁之丞の肩へ寄り添う。


「どうした?」


「別に」


「疲れた?」


「そういうことにしておいて」


「変なやつ」


 縁之丞は苦笑する。


 本子も小さく笑い返した。


 肩越しに、縁之丞の体温が伝わってくる。


 以前なら。


 何も考えずに寄りかかっていた。


 眠い時も。


 疲れた時も。


 ただ、そこに縁之丞がいたから。


 けれど今は。


 触れている肩を意識してしまう。


 繋いだ手の大きさも。


 すぐ隣を歩く横顔も。


 以前より少しだけ、近く感じた。


「本当に疲れてるのか?」


「ちょっとだけ」


「鞄持つか?」


「そこまでじゃないよ」


「じゃあ何なんだ」


 本子は答えず、もう少しだけ肩を寄せた。


 縁之丞は不思議そうにしながらも、離れようとはしなかった。


 傍から見れば。


 昔と何も変わらない二人だった。


 手を繋いで。


 肩を寄せ合って。


 並んで帰る。


 それは幼い頃から続いてきた、いつもの帰り道。


 けれど。


 本子だけは、少しだけ照れていた。


 触れるたびに胸が温かくなり。


 縁之丞の顔を、真っ直ぐ見られなくなる。


 その小さな変化に。


 縁之丞は、まだ気付いていなかった。



 あの日から。


 二人の距離は変わっていない。


 ただ。


 その距離の意味だけが。


 少しずつ変わり始めていた。

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