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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第56話 守ってくれた

 その日の夜。


 本子は自分の部屋で、ベッドに横になっていた。


 眠ろうとしているのに、なかなか目を閉じることができない。


 ぼんやりと天井を見つめていると。


 昨日の出来事が、何度も頭の中に浮かんできた。


 車の音。


 縁之丞の声。


 強く腕を引かれた感覚。


 そして。


 不意に抱き締められた温もり。


「……」


 本子は布団の中で、小さく身体を丸めた。


 あの時の縁之丞は、今まで見たことがないほど必死な顔をしていた。


 自分のことなんて考えず。


 迫ってくる車へ背中を向けて。


 ただ、本子を守ろうとしてくれた。


 もし少しでも遅れていたら。


 縁之丞も危なかったかもしれない。


 それでも。


 縁之丞は迷わなかった。


 その事実が、胸の奥へ強く残っていた。



 幼い頃から。


 二人は何度も手を繋いできた。


 本子から抱きついたこともある。


 肩を寄せ合って歩いたことも。


 同じ布団で眠ったことだってあった。


 どれも、二人にとっては普通のことだった。


 縁之丞だから。


 幼馴染だから。


 そう言えば、すべて説明できた。


 けれど。


 昨日の抱擁だけは違った。


 思い出すたびに。


 縁之丞の腕の強さと。


 胸へ顔を押しつけた時に聞こえた、激しい鼓動が蘇る。


 本子は自分の胸へ、そっと手を当てた。


 こちらの鼓動まで、少しずつ速くなっていく。


「……変だな」


 事故の直後は、怖くて何も考えられなかった。


 ただ、縁之丞から離れたくなかった。


 抱き締められていると、安心した。


 けれど今は。


 思い出すだけで、胸が熱くなる。


 あの時とは違う理由で。


「守ってくれたんだよね」


 本子は誰もいない部屋で、小さく呟いた。


 縁之丞なら、自分でなくても助けたのかもしれない。


 困っている人を放っておけない人だから。


 頼まれれば、文句を言いながら手を貸す人だから。


 それでも。


 あの瞬間。


 縁之丞の目に映っていたのは、自分だけだった。


 必死に名前を呼んで。


 迷わず手を伸ばして。


 自分の身体で、本子を守ってくれた。


 それが。


 どうしようもなく嬉しかった。


「愛の力……」


 昼間、自分で言った言葉を思い出す。


 あの時は、縁之丞をからかうつもりだった。


 教室で真っ赤になる顔を見たくて。


 少し冗談を言っただけ。


 けれど。


 本当に冗談だったのだろうか。


 縁之丞が自分を大切にしてくれていることを。


 少しだけ、確かめたかったのではないだろうか。


「……分かんない」


 本子は枕へ顔を埋めた。


 恋人ごっこを始めてからも。


 縁之丞は、ずっと縁之丞だった。


 隣にいるのが当たり前で。


 何をしても、昔と変わらない。


 そう思っていた。


 映画館で手を繋いだ時も。


 縁之丞から手を伸ばしてくれたことが、少し嬉しかった。


 けれど。


 どうして嬉しかったのかまでは、考えなかった。


 考えなくても。


 幼馴染という言葉で、曖昧にできたから。


 でも。


 昨日、守ってくれたあの瞬間を思い出すと。


 もう、昔と同じようには見られなかった。


 普段は面倒くさがりで。


 頼まれると断れなくて。


 何を言っても、鈍い返事ばかりで。


 ずっと隣にいた、ただの幼馴染。


 そのはずだった縁之丞が。


 今は少しだけ。


 知らない男の子のように思えた。


 本子は枕から、わずかに顔を上げる。


「縁之丞……」


 名前を呼んだだけで、胸がまた熱くなる。


 ずっと曖昧だった何かが。


 少しずつ。


 けれど、確かに形を持ち始めていた。


 本子は初めて。


 縁之丞を。


 はっきりと、一人の男の子として意識していた。

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