表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/121

第55話 愛の力

 翌日。


 昨日の出来事は、あっという間に学校中へ広まっていた。


 事故が起きたのは、縁之丞が剣道部の練習相手を終えて帰る途中だった。


 すでに通常の下校時間は過ぎていたものの、周囲には同じように部活動を終え、帰宅する生徒たちが何人かいた。


 その生徒たちは見ていた。


 本子へ向かって、右折してきた車が迫るところを。


 そして。


 縁之丞が迷わず飛び込み、本子を抱き締めるようにして助けた瞬間も。


「聞いた?」


「霧島が鬼灯を車から助けたらしいよ」


「俺、昨日見た奴から聞いた」


「本当に直前だったらしいぞ」


 朝から教室は、その話題でもちきりだった。


「反応、速すぎだろ」


「車が来た瞬間に飛び出したらしいぞ」


「昨日も剣道部へ行ってたんだろ?」


「やっぱり、剣道やってる奴は違うな」


「中学の頃、有名だったらしいよ」


「一年とは思えない身体能力だよな」


 縁之丞は自分の席へ座ったまま、聞こえてくる会話に小さく息を吐いた。


「大げさだって」


「でも、本当に助けたんだろ?」


「まあ」


「鬼灯を抱えて、転がるように避けたって聞いたぞ」


「転がってない」


「抱き締めて守ったんだろ?」


「守ろうとしたら、そうなっただけだ」


 縁之丞が否定すると、近くにいた男子生徒がにやりと笑った。


「でもさ」


「何だよ」


「やっぱり、恋人だからじゃね?」


「あー、それある」


「愛の力ってやつ?」


「ひゅーひゅー!」


 教室へ楽しそうな笑い声が広がった。


「違う」


 縁之丞は即座に否定する。


「剣道のおかげだ」


「身体が勝手に動いただけだから」


「はいはい」


「照れんなって」


「青春だねぇ」


「本当に違うから」


 どれだけからかわれても、縁之丞は本気でそう思っていた。


 長年積み重ねてきた稽古。


 何度も繰り返した反復練習。


 相手の動きを見て。


 考えるよりも先に身体を動かす。


 その経験が、昨日の自分を動かしたのだと。



「本子も、そう思うよな?」


 縁之丞が助けを求めるように尋ねる。


 本子は自分の席へ座ったまま、少しだけ目を瞬いた。


「何が?」


「昨日のこと」


「剣道をやってたから間に合ったんだよ」


「そうかもしれないけど」


「だろ?」


「でも」


 本子は縁之丞を見る。


「それだけじゃないと思う」


「何が?」


 本子はすぐには答えなかった。


 思い出すのは、自分の腕を掴んだ手。


 迷いなく飛び込んできた身体。


 自分を庇うように、強く抱き締めてくれた腕の温もり。


 迫ってくる車を見ても。


 縁之丞は、自分だけ逃げようとはしなかった。


 危険だと分かっていながら、本子のところへ来てくれた。


 確かに。


 間に合ったのは、剣道の稽古を続けてきたからかもしれない。


 けれど。


 その身体を本子のために動かしたのは、縁之丞自身だった。


「縁之丞が」


 本子は少しだけ頬を赤くしながら言う。


「私を助けようとしてくれたからでしょ」


「それは、そうだけど」


「だったら」


 本子は小さく笑った。


「愛の力かもしれないよ?」


 縁之丞の動きが止まった。


 近くで会話を聞いていたクラスメイトたちも、一瞬だけ静かになる。


「本子」


「何?」


「そういうこと、教室で言うなよ」


「どうして?」


「恥ずかしいだろ」


「縁之丞も」


 本子は楽しそうに首を傾げる。


「愛の力だったって認めるの?」


「認めてない」


「顔、赤いよ」


「赤くない」


「赤い」


「事故の話は、もう終わり!」


 縁之丞が声を上げる。


 直後。


 教室中から、再び歓声が上がった。


「愛の力だって!」


「本人公認!」


「違うって!」


「鬼灯、よかったな!」


「ありがとう?」


「本子も乗るな!」


 本子は騒がしくなる教室の中で、楽しそうに笑っていた。


 剣道のおかげだったのか。


 愛の力だったのか。


 本当のところは、誰にも分からない。


 けれど。


 本子の胸に残っていたものは、一つだけだった。


 縁之丞が。


 何の迷いもなく。


 自分を守ろうとしてくれた。


 その事実だけで。


 今は、十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ