第53話 とっさに
「本子!」
叫ぶのと、身体が動くのはほとんど同時だった。
考えたわけではない。
どうすれば助けられるのか、冷静に判断したわけでもない。
ただ。
中学まで何度も繰り返してきた踏み込みと。
相手との距離を測る感覚が。
意識よりも先に、縁之丞の身体を動かした。
本子の腕を掴む。
「えっ――」
驚く本子を、力いっぱい引き寄せる。
その勢いのまま身体を入れ替え、縁之丞が車道側へ回り込んだ。
そして。
本子の身体を、自分の胸へ強く抱き込む。
次の瞬間。
キィィィッ!
耳をつんざくような急ブレーキの音が、交差点へ響き渡った。
タイヤが路面を擦る。
車体が大きく揺れ。
二人のすぐ目の前で、ようやく止まった。
あと少し。
縁之丞が気付くのが遅れていたら。
本子が、もう一歩前へ踏み出していたら。
間に合わなかったかもしれない。
「……」
本子は何が起きたのか分からないまま、縁之丞の胸へ抱き込まれていた。
聞こえるのは。
車のエンジン音と。
周囲のざわめきと。
縁之丞の激しい心臓の音。
抱き締める腕は、痛いほど強かった。
映画の中で見たような、優しい抱擁ではない。
格好をつける余裕も。
照れる暇もない。
ただ、本子を車から守るためだけの抱擁だった。
「縁之丞……?」
本子が小さく名前を呼ぶ。
けれど、縁之丞はすぐには答えなかった。
荒い呼吸を繰り返しながら。
本子が自分の腕の中にいることを確かめるように、抱き締め続けている。
「……大丈夫か?」
ようやく出た声は、わずかに震えていた。
本子は縁之丞の制服を掴む。
「うん」
その答えを聞いても。
縁之丞の腕からは、力が抜けなかった。
本子は初めて気付く。
怖かったのは。
車に轢かれそうになった自分だけではない。
縁之丞も。
同じくらい。
それ以上に、怖がっていた。
本子を抱き締める腕が、かすかに震えていた。




