第50話 恋人らしいって?
映画を見終えたあと。
二人は近くの喫茶店へ入り、少し遅めの昼食を取った。
映画の感想を話して。
途中で眠っていた縁之丞を、本子が責めて。
主人公とヒロインのどちらが悪かったのか、くだらない言い合いもした。
気付けば、店に入ってからかなりの時間が経っていた。
喫茶店を出る頃には、空が夕焼けに染まり始めていた。
二人は駅前を離れ、見慣れた住宅街を並んで歩いていく。
「今日は楽しかったね」
「ああ」
「映画も、思ったより面白かった」
「恋愛映画も悪くないな」
「途中で寝てたのに?」
「まだ言うのか」
「だって、大事なところだったんだもん」
「最後はちゃんと見ただろ」
「告白とちゅーだけね」
「一番大事なところじゃないか?」
「そこまでの積み重ねが大事なの」
「一本見ただけで詳しくなったな」
「ちゃんと起きてたからね」
本子は得意そうに笑った。
縁之丞も苦笑する。
二人の手は、今はもう繋がれていない。
喫茶店へ入る時に、一度離したからだ。
けれど。
縁之丞から手を繋いでくれたことを、本子はまだ覚えていた。
手のひらに残っているような、その温かさまで。
「ねえ」
「ん?」
「勉強にはなった?」
「映画の?」
「恋人の」
縁之丞は少し考える。
「どうだろうな」
「告白して」
「抱きしめて」
「ちゅーする?」
「急に全部やる気か?」
「やらないよ」
本子は笑う。
「私たちには似合わなさそうだし」
「そうだな」
「縁之丞が夕焼けの中を走ってくるところも、全然想像できない」
「本子なら、呼べば止まるだろ」
「多分」
「それなら走る必要ないな」
「映画にならないね」
「映画じゃないからいいだろ」
「それもそうだね」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
今日、映画のような出来事は起きなかった。
劇的な告白もない。
強く抱きしめ合うこともない。
口づけを交わすこともなかった。
一緒に映画を見て。
ポップコーンを分け合って。
手を繋いで歩いて。
喫茶店で感想を話した。
それだけだった。
「恋人らしいことって、結局何なんだろうね」
本子がぽつりと呟く。
「分からん」
「映画の二人は、すごく恋人らしかったよ」
「映画だからな」
「じゃあ、私たちは?」
縁之丞は隣を歩く本子を見る。
「いつも通り」
「やっぱり?」
「ああ」
本子は前を向き、少しだけ頬を膨らませた。
「せっかく映画デートしたのに」
「楽しかったならいいだろ」
「それは楽しかったけど」
「なら十分じゃないか?」
本子は少し考える。
「十分なのかな」
「少なくとも、俺はまた行ってもいい」
本子はすぐに縁之丞を見る。
「本当?」
「ああ」
「今度も恋愛映画?」
「次はアクションがいい」
「恋人の勉強は?」
「今日見ても分からなかっただろ」
「確かに」
本子はくすっと笑った。
「じゃあ、次は普通に見たい映画を見ようか」
「それでいい」
「恋人らしくなくても?」
「俺たちらしくはあるだろ」
本子は足を止めかけた。
隣を歩く縁之丞を見る。
「……俺たちらしく?」
「昔から、見たいものを一緒に見てただろ」
「そうだけど」
「わざわざ他の恋人の真似をしなくてもいいんじゃないか?」
縁之丞は何でもないことのように言った。
本子は少しだけ黙る。
映画の中の二人は、何度もすれ違って。
離れそうになって。
最後にようやく、互いの気持ちを伝え合った。
けれど。
自分たちは、ずっと隣にいる。
呼べば立ち止まり。
何も言わなくても歩く速さを合わせ。
次の休日も、当然のように一緒に過ごそうとしている。
「そっか」
本子は嬉しそうに笑った。
「ああ」
「私たちは、私たちでいいんだね」
「多分な」
「縁之丞も多分じゃん」
「正解を知らないから仕方ないだろ」
「それもそうだね」
二人は再び歩き始める。
夕焼けに染まる住宅街。
幼い頃から何度も歩いてきた、いつもの帰り道。
恋人ごっこを始める前と、景色は何も変わらない。
隣を歩く相手も。
二人の歩く速さも。
交わす会話も。
昔から変わらないものばかりだった。
恋人らしいことは、まだ分からない。
でも。
二人らしい時間なら。
昔から知っていた。




