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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第49話 映画のあと

 映画館を出ると、外は昼過ぎになっていた。


 上映中に雨が降っていたらしく、歩道には小さな水たまりが残っている。


 けれど、雨はもう上がっていた。


 雲の切れ間から淡い日差しが差し込み、少しひんやりとした風が二人の間を通り抜ける。


「雨降ってたんだね」


「全然気付かなかった」


「映画に集中してたから?」


「途中で少し寝たけどな」


「やっぱり寝てたんじゃん」


「少しだけだ」


「大事なところだったのに」


「最後はちゃんと見ただろ」


「そこは偉い」


「子ども扱いするな」


 本子は楽しそうに笑った。


 二人は並んで駅前の通りを歩き始める。


 その手は、映画館の中から繋がれたままだった。


 劇場を出る時も。


 明るいロビーを歩いている時も。


 外へ出た今も。


 どちらも離そうとはしなかった。


「映画、結構楽しめたね」


「ああ」


「恋愛映画って、あんまり見たことなかったけど」


「意外と面白かった」


「途中で寝てた人が言ってもなあ」


「全部寝てたわけじゃない」


「じゃあ、主人公がヒロインを避けてた理由は?」


「……照れてたから?」


「全然違う」


「だいたい合ってるだろ」


「合ってないよ」


 本子は呆れたように笑った。


「ちゃんと起きてたの、最後だけじゃない?」


「手を繋ぐところも見てた」


「そこは覚えてるんだ」


 本子は繋いだ手へ、ちらりと視線を落とした。


 縁之丞も同じように手を見る。


「映画の真似したみたいになったな」


「縁之丞から繋いだんだよ」


「そうだったな」


「忘れたの?」


「忘れてない」


「じゃあ、どうして繋いだの?」


 何気なく尋ねられ、縁之丞は少しだけ考えた。


「何となく」


「何となくなんだ」


「あの時は、繋ぎたいと思ったから」


 本子が一度だけ瞬きをする。


「……そっか」


「何だよ」


「何でもない」


 本子は前を向いた。


 けれど、その口元には小さな笑みが浮かんでいる。


 繋いでいる手へ、少しだけ力を込めた。


 縁之丞も何も言わず、同じくらいの力で握り返す。


「でも」


「ん?」


「今日は、いつもと少し違うね」


「何が?」


「手」


 本子は繋いだ手を軽く揺らした。


「動物園でも繋いだだろ」


「繋いだけど」


「じゃあ同じじゃないか」


「今日は縁之丞からだった」


「そこが違うのか?」


「うん」


 本子は少しだけ照れくさそうに笑う。


「ちょっと嬉しかった」


 縁之丞が本子を見る。


「手を繋いだことが?」


「縁之丞から繋いでくれたことが」


「そうなのか」


「そうだよ」


「なら、よかった」


 本子は隣を見上げた。


「それだけ?」


「他に何て言えばいいんだよ」


「分からないけど」


「本子も分からないんじゃないか」


「そうだけど」


 二人は顔を見合わせる。


 そして、また笑った。


 縁之丞にとっては、何となく伸ばした手だった。


 本子にとっても、手を繋ぐこと自体は珍しくない。


 幼い頃から、何度も繋いできた。


 それでも。


 今日の手は、少しだけ違っていた。


 はぐれないためでも。


 転ばないためでもない。


 ただ、繋ぎたいと思って繋いだ手だった。


 本子はもう一度、縁之丞の手を軽く握る。


「離さないの?」


「本子が離さないからだろ」


「縁之丞が先に繋いだんじゃん」


「じゃあ、離すか?」


 本子は少しだけ考える。


「まだ、このままでいい」


「そうか」


「あったかいし」


「今日は少し寒いからな」


「そういうことにしておくね」


「何だよ、それ」


 本子は答えず、楽しそうに笑った。



 しばらく歩くと、飲食店が並ぶ通りへ出た。


 店の前から、焼きたてのパンや料理の匂いが漂ってくる。


 本子がお腹へ手を当てた。


「お腹空いた」


「ポップコーン食べてただろ」


「あれはおやつ」


「結構食べてたぞ」


「お昼は別」


「何食べる?」


「映画の感想を話しながら食べられるところ」


「どこでも話せるだろ」


「ゆっくりできるところがいい」


 縁之丞は周囲を見回した。


 少し先に、落ち着いた雰囲気の喫茶店が見える。


「じゃあ、あそこは?」


「いいね」


 二人は喫茶店へ向かって歩き出した。


 繋いだ手は、そのままだった。


 いつも通り隣を歩いているだけ。


 けれど。


 今日は、縁之丞が自分から手を伸ばした。


 その小さな違いが。


 本子には、少しだけ嬉しかった。

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