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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第48話 恋愛映画

 映画はいよいよ終盤へ入っていた。


 主人公とヒロインは、何度もすれ違い。


 互いを大切に思っているのに、その気持ちを伝えられないまま離れようとしていた。


 けれど。


 夕焼けに染まった並木道で。


 主人公は、立ち去ろうとするヒロインを追いかけた。


『待ってくれ!』


 その声に、ヒロインが足を止める。


 主人公は息を切らしながら、彼女の前へ立った。


 一度、大きく息を吸う。


『好きだ』


『ずっと前から、君のことが好きだった』


 劇場の中が、しんと静まり返る。


 ヒロインは驚いたように目を見開いた。


 やがて、その目に涙を浮かべながら頷く。


『私も』


『ずっと、あなたの隣にいたかった』


 二人は互いへ駆け寄り、強く抱きしめ合った。


 そして。


 夕焼けの中で、ゆっくりと口づけを交わす。


 劇場には静かな音楽が流れた。


 周囲から、小さく鼻をすする音も聞こえてくる。


 本子は何も言わず、スクリーンを見つめていた。


 隣にいる縁之丞も、今度は眠ることなく最後まで見ている。


 二人の手は。


 まだ、繋がったままだった。


 やがて画面が暗くなり、エンドロールが流れ始める。


 館内の照明が、少しずつ明るくなっていった。


「すごいね」


 本子が小さな声で呟く。


「ああ」


「恋愛映画って、こんな感じなんだ」


「かなり劇的だったな」


「夕焼けの中で告白して」


「抱きしめて」


「最後はキス」


「全部やったな」


 本子はもう一度スクリーンを見る。


 エンドロールの横には、主人公とヒロインが並んで歩く映像が流れていた。


「映画の恋って、すごいね」


「現実でもあんな感じなのか?」


「どうだろう」


「本子も分からないのか」


「初めてだもん」


「俺もだけどな」


 二人は顔を見合わせる。


 本子は少し考えてから、くすっと笑った。


「私たちとは、全然違うね」


「違うな」


「ちゃんと告白したこともないし」


「ああ」


「本気で好きって伝えたこともないし」


「練習では言ったけどな」


「あれは恋人らしいことを試しただけでしょ」


「そうだったな」


「付き合ってください、もなかった」


「本子が恋人ごっこしようって言っただけだからな」


「そうだった」


 本子は少し照れくさそうに笑う。


「私たちの場合、告白より先に恋人ごっこが始まったんだね」


「順番がおかしいな」


「その前に、許嫁みたいな話もあったけど」


「あれは親同士が勝手に盛り上がってただけだろ」


「私たちも小さい頃、結婚するって言ったらしいよ」


「覚えてない」


「私も」


「なら無効だな」


「そうなの?」


「子どもの約束だろ」


「じゃあ、今からもう一回約束する?」


「何を?」


「結婚」


「話が飛びすぎだろ」


 本子は声を抑えながら笑った。


 縁之丞も呆れたように笑う。


 映画の中では。


 長いすれ違いの末に、二人がようやく恋人になった。


 けれど、自分たちは違う。


 幼い頃から隣にいて。


 家族のように過ごして。


 恋人というものを知るために、恋人の真似を始めた。


「私たちが本当に付き合う時も」


 本子が何気なく口にする。


「……本当に?」


「うん」


「恋人ごっこじゃなくて、本物の恋人になる時」


 縁之丞は少しだけ黙った。


 本子も、自分が言った言葉の意味を考えるように瞬きをする。


「そんな時、来るのか?」


「分からない」


「また多分か?」


「今回は分からない」


 本子は少し困ったように笑った。


「でも、もし本当に付き合うなら」


「映画みたいに告白するのかなって」


「夕焼けの並木道で?」


「好きだ、ずっと前から好きだったって」


「俺が言うのか?」


「どっちでもいいんじゃない?」


「本子が言えばいいだろ」


「縁之丞が言ってよ」


「何でだよ」


「映画では男の子が言ってたから」


「映画の勉強に影響されすぎだろ」


「参考にしてるだけ」


 二人は小声で言い合いながら笑った。


 けれど。


 本子の胸には、先ほどの言葉が小さく残っていた。


 本物の恋人になる時。


 今までは、考えたこともなかった。


 恋人ごっこを続けた先に、何があるのか。


 好きな人ができれば終わる。


 そう決めていたはずなのに。


 縁之丞以外の誰かを好きになり、今の関係を終わらせる自分を想像しようとしても。


 なぜか、うまく思い浮かばなかった。


「どうした?」


「何でもない」


 本子は小さく首を振る。


 その時。


 周囲の客が、少しずつ席を立ち始めた。


「俺たちも出るか」


「うん」


 縁之丞が立ち上がろうとする。


 しかし。


 二人の手は、まだ繋がっていた。


「あ」


 本子が小さく声を漏らす。


 縁之丞も、繋いだ手へ視線を落とした。


「ずっと繋いでたな」


「そうだね」


「離すか?」


 本子は少しだけ考えた。


「出るまで、このままでいいんじゃない?」


「歩きにくくないか?」


「大丈夫」


「ならいいけど」


 二人は繋いだ手を離さないまま、ゆっくりと立ち上がった。


 映画のような告白はない。


 抱きしめ合うことも。


 口づけを交わすこともない。


 ただ。


 明るくなった劇場の中で。


 二人は手を繋いだまま、並んで出口へ向かった。

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