第47話 手を繋ぐ
物語は、さらに進んでいく。
すれ違っていた主人公とヒロインも、少しずつ互いの気持ちへ近づき始めていた。
幼馴染だからこそ、今まで通りではいられない。
けれど。
大切な相手だからこそ、関係を壊すことも怖い。
二人は互いを意識しながらも、言葉にできない想いを抱えたまま、夜の帰り道を並んで歩いていた。
会話はない。
それでも、離れることもない。
やがて。
主人公の手が、隣を歩くヒロインの手へ少しずつ近づいていく。
一度、指先が触れた。
二人は足を止める。
驚いたように互いの顔を見て。
主人公は意を決したように、ヒロインの手を握った。
ヒロインも頬を赤くしながら、その手を握り返す。
本子はスクリーンを見つめたまま、小さく呟いた。
「手、繋いだ」
「そうだな」
縁之丞も画面へ視線を向けたまま答える。
映画の中の二人は、手を繋いだだけで照れていた。
歩き方までぎこちなくなり、互いの顔を見ることもできなくなっている。
本子は少しだけ不思議そうに首を傾けた。
「そんなに緊張するものなのかな」
「初めてだからじゃないか?」
「私たちも恋人としては初心者だよ」
「恋人ごっこな」
「映画見てる時まで細かい」
本子は小さく笑う。
縁之丞も笑いながら、ポップコーンへ手を伸ばそうとした。
けれど。
その手が、途中で止まった。
すぐ隣には、本子の手がある。
カップルシートの上へ、何気なく置かれた手。
縁之丞は一度だけ、その手を見る。
映画の中の二人が手を繋いだから。
自分たちも同じことを試そうと思ったわけではない。
恋人らしいことをしなければならないと考えたわけでもなかった。
ただ。
何となく。
そうしたいと思った。
縁之丞はゆっくりと手を動かす。
指先が、本子の手へ触れた。
本子がわずかに顔を動かす。
けれど、何も言わない。
縁之丞もスクリーンを見たまま、その手をそっと握った。
本子は一瞬だけ、隣へ視線を向けた。
縁之丞はいつもと変わらない表情で映画を見ている。
「……」
「……」
本子も何も尋ねなかった。
ごく自然に指を動かし、縁之丞の手を握り返す。
二人の視線は、変わらずスクリーンへ向いていた。
映画の中では、手を繋いだ二人が照れくさそうに歩いている。
その姿を見ながら、本子が小さく笑った。
「私たち、全然緊張しないね」
「昔から繋いでるからな」
「そうだね」
幼い頃。
人混みではぐれないように。
転ばないように。
怖いものを見た時には、安心できるように。
二人は何度も手を繋いできた。
動物園へ行った時にも、当たり前のように繋いでいた。
だから。
今さら緊張する理由などない。
いつもと同じ。
昔から変わらない、二人の距離だった。
「映画の二人は、すごく照れてるけど」
「俺たちとは違うな」
「恋人になったら、手を繋ぐだけでも特別になるのかな」
「さあ」
「分からない?」
「本子は分かるのか?」
「分からない」
「じゃあ同じだな」
「うん」
二人は小さく笑い、再び映画へ集中する。
繋いだ手は、そのままだった。
強く握るわけでもない。
指を絡めるわけでもない。
ただ、互いの手のひらを重ねているだけ。
本子は映画を見ながら、縁之丞の手の温かさを感じていた。
いつもと同じはずだった。
小さい頃から何度も触れてきた手。
見なくても形が分かりそうなほど、馴染みのある手だった。
それなのに。
今日は、少しだけ違う。
縁之丞から手を伸ばしてきた。
迷子にならないためでも。
転ばないようにするためでもない。
何か理由があったわけでもない。
ただ、繋いだ。
本子は隣を見る。
縁之丞は真剣な表情でスクリーンを見つめている。
さっきのように眠ってはいない。
繋いだ手にも、特別強い力は入っていなかった。
いつも通り。
そう思う。
けれど。
意識してしまうと、手のひらから伝わる温かさが、先ほどよりもはっきりと感じられた。
本子は視線をスクリーンへ戻す。
映画の内容へ集中しようとする。
それでも。
時折、意識が繋いだ手へ向かってしまう。
(手を繋ぐなんて、いつものことなのに)
不思議だった。
今までなら、気にも留めなかったはずなのに。
恋人ごっこを始めたからなのか。
映画の中の二人を見たからなのか。
それとも。
縁之丞から手を伸ばしてくれたことが、少し嬉しかったからなのか。
本子には、まだ分からない。
ただ。
離したいとは思わなかった。
本子は気付かれないほどわずかに、縁之丞の手を握る力を強くした。
すると。
縁之丞も、同じくらいの力で握り返してくる。
本子は少しだけ目を見開いた。
隣を見ることはしなかった。
縁之丞も、何も言わなかった。
二人は手を繋いだまま、スクリーンを見つめ続ける。
昔から何度も繋いできた手。
けれど今日は。
その温かさだけが、いつもより少し長く心に残っていた。




