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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第46話 上映中

 二人は薄暗い通路を進み、予約していた座席を探した。


 本子はチケットに書かれた座席番号と、席に付けられた番号を交互に確認する。


「ここだね」


「おっ」


 縁之丞は座席を見て、少しだけ驚いた。


 普通の席よりも横幅が広く、二人の間を隔てる肘掛けもない。


「何か広いな」


「カップルシートだから」


「カップルシート?」


 本子は少し照れくさそうに笑った。


「一応、恋人同士だから」


「恋人ごっこな」


「映画館に説明する必要ないでしょ」


「それはそうだけど」


「せっかくだから予約してみたの」


 本子は座席へ腰を下ろす。


 縁之丞もその隣へ座った。


 二人で並んでも窮屈ではなく、普通の席よりゆったりとしている。


「座りやすいな」


「そうだね」


「もっと狭いのかと思った」


「それじゃ映画に集中できないでしょ」


「恋人なら、狭い方がいいんじゃないか?」


「どうして?」


「知らん」


 本子は小さく笑った。


「縁之丞も分かってないじゃん」


「初めて座ったからな」


「私も」


 二人の間へ、先ほど買ったポップコーンを置く。


 本子側がキャラメル味。


 縁之丞側が塩味。


 本子は境界を確認するように、中を覗き込んだ。


「ちゃんと分かれてる」


「さっきも確認しただろ」


「暗くなる前にもう一回」


「そんなに大事か?」


「大事」


「はいはい」


 館内の照明が、ゆっくりと落ち始める。


 周囲で交わされていた会話も、次第に小さくなっていった。


 本子は座席へ深く腰を下ろし、正面のスクリーンを見つめる。


「始まるね」


「ああ」


 映画館が暗闇に包まれた。


 予告編が終わり。


 やがて本編が始まる。


 作品の舞台は、とある地方都市。


 主人公とヒロインは、家が隣同士の幼馴染だった。


 毎朝一緒に登校し。


 放課後も並んで帰り。


 休日になれば、どちらかの家で一日を過ごす。


 あまりにも近くにいるため、互いを異性として意識したことはない。


 本子は画面を見つめながら、小さな声で呟いた。


「本当に私たちみたい」


「家が隣なのも同じだな」


「休日の過ごし方も」


「さすがに出来すぎだろ」


「映画だからね」


 本子はキャラメル味のポップコーンへ手を伸ばす。


 画面の中では、主人公とヒロインが教室で言い合いをしていた。


 喧嘩をしても。


 次の日には、いつも通り隣を歩いている。


 本子は楽しそうに笑った。


「これも似てる」


「俺たちは、そんなに喧嘩しないだろ」


「小さい頃はしてたよ」


「本子が勝手に怒ってただけだ」


「縁之丞が私のプリン食べたからでしょ」


「名前書いてなかったから」


「冷蔵庫の奥に隠してたのに」


「見つけたから食べた」


「泥棒」


「家族が買ったやつだろ」


「今度食べたら怒るからね」


「映画館では静かに」


「誰のせい?」


 本子は小声で文句を言いながら、もう一つポップコーンを口へ運んだ。


 物語が進む。


 主人公に好意を寄せる、別の女生徒が現れた。


 ヒロインは最初こそ気にしていない様子だったが、二人が話している姿を見るたび、少しずつ表情を曇らせていく。


 本子は真剣な顔でスクリーンを見つめていた。


「これ、嫉妬だね」


「多分な」


「自分では気付いてないんだ」


「見れば分かるけどな」


「本人は分からないんじゃない?」


「そんなものか?」


「多分」


「また多分か」


 本子は返事をせず、ポップコーンへ手を伸ばした。


 同じタイミングで、縁之丞も手を伸ばす。


 二人の指先が、容器の中で触れた。


「あ」


「悪い」


「ううん」


 どちらもすぐには手を引かなかった。


 本子は縁之丞の手元を見る。


「それ、キャラメル側だよ」


「暗くて分からなかった」


「侵略」


「事故だろ」


「停戦協定違反」


「一個だけくれ」


「仕方ないなあ」


 縁之丞はキャラメル味を一つ取り、口へ運んだ。


「甘い」


「当たり前でしょ」


「やっぱり塩の方がいいな」


「じゃあ、もう取らないでね」


「はいはい」


 二人は小さく笑い、それぞれの味へ手を伸ばした。


 映画は中盤へ入る。


 主人公とヒロインは、少しずつすれ違い始めていた。


 それまで当たり前に一緒にいた二人が。


 互いを意識し始めたことで、今まで通り話せなくなっていく。


 本子はすっかり物語へ引き込まれていた。


 しかし。


 その隣では。


 縁之丞の瞼が、少しずつ下がり始めていた。


 こくっ。


 頭が小さく前へ傾く。


 本子は画面から目を離し、隣を見た。


「……」


 縁之丞の目は閉じている。


 本子は小さく肘で脇腹を突いた。


「ん?」


 縁之丞が、はっと目を開ける。


 本子は声を抑えながら囁いた。


「寝てたでしょ」


「寝てない」


「今、頭落ちてたよ」


「感情を噛み締めてた」


「目を閉じて?」


「ああ」


「嘘つき」


「少しだけ眠かった」


「認めた」


「暗いし、座り心地がいいからな」


「カップルシートで寝ないでよ」


「眠くなるような席を選んだのは本子だろ」


「映画を見るために選んだの」


「今、大事なところだった?」


「すごく大事なところ」


「どこまで進んだ?」


「やっぱり寝てたじゃん」


「映画館では静かに」


「誰のせいだと思ってるの?」


 本子は呆れたように笑った。


 縁之丞も、小さく肩をすくめる。


「もう寝ないから」


「本当?」


「ああ」


「寝たらまた起こすよ」


「頼む」


「普通は起こされないようにするんだよ」


 二人は顔を見合わせる。


 そして、周囲に聞こえないように小さく笑った。


 再びスクリーンへ視線を戻す。


 画面の中では、ヒロインが友人へ自分の気持ちを打ち明けていた。


『ずっと一緒にいたから、分からなかった』


『これが普通なんだと思ってた』


『でも、離れるかもしれないって考えたら、初めて怖くなったの』


 本子の笑みが、少しだけ消えた。


 その言葉を、黙って聞く。


 隣にいる縁之丞も、今度こそ眠らずに画面を見ていた。


 二人の肩は、いつの間にか触れ合っている。


 どちらが先に近づいたのかは、分からない。


 けれど。


 二人とも、離れようとはしなかった。


 映画はまだ続いている。


 二人は何も言わず、スクリーンの中の幼馴染を見つめていた。

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