第45話 ポップコーン
休日。
二人は駅前の映画館へやってきた。
入口には、上映中の作品を紹介する大きなポスターが並んでいる。
休日ということもあり、館内は家族連れや友人同士、恋人らしき男女で賑わっていた。
「思ったより人多いね」
「人気なんだろ」
本子は周囲を見回す。
動物園へ行った時とは、少し雰囲気が違う。
薄暗い館内。
映画の予告が流れる大きな画面。
並んで歩く恋人たち。
自分たちも、今日はその中の一組なのだろうか。
「どうした?」
「何でもない」
本子は小さく笑い、発券機の前へ立った。
「予約したチケット出すね」
「ああ」
スマホに表示した二次元コードを読み込ませる。
画面に表示された作品名は、
『君と歩く帰り道』
幼い頃から一緒に育った男女を描いた恋愛映画だった。
「これだね」
「ああ」
予約内容を確認し、発券ボタンを押す。
しばらくすると、二人分のチケットが出てきた。
本子はそれを受け取り、一枚を縁之丞へ差し出す。
「はい」
「ありがとう」
縁之丞がチケットを受け取る。
本子は自分の分を眺めながら、嬉しそうに笑った。
「本当に映画デートだ」
「予約した時点で決まってただろ」
「チケットを持つと実感するの」
「そんなものか?」
「そんなものだよ」
本子はチケットを大事そうに鞄へしまった。
ただ映画を見るだけ。
昔から家で一緒に映画を見たことは何度もある。
けれど。
二人だけで映画館へ来て、恋愛映画を見る。
そう考えると、少しだけ照れくさかった。
◇
上映開始までは、まだ少し時間があった。
二人が売店の前を通りかかると、甘い香りが漂ってくる。
本子が足を止めた。
「ポップコーン買う?」
「映画といえば、それだな」
「飲み物も欲しい」
「並ぶか」
二人は列の最後尾へ並んだ。
本子は頭上のメニューを見上げる。
「私はキャラメル」
「俺は塩」
「キャラメルがいい」
「塩だろ」
二人は顔を見合わせた。
「譲らないね」
「本子もな」
「甘い方が美味しいのに」
「途中で飽きるだろ」
「塩だけの方が飽きるよ」
「飽きない」
「じゃあ、二つ買う?」
「そんなに食べられないだろ」
「縁之丞が食べればいいじゃん」
「俺に押しつけるな」
二人が言い合っている間に、順番が近づいてくる。
本子はもう一度メニューを確認した。
「あ」
「何だ?」
「ハーフ&ハーフがあるよ」
容器の半分ずつに、二種類の味を入れられるらしい。
「それでいいんじゃないか?」
「仕方ないね」
「何で本子が譲ったみたいになってるんだよ」
「私のキャラメルに塩味を入れてあげるんだから」
「逆だろ」
本子は楽しそうに笑いながら、店員へ注文した。
「ポップコーンのハーフ&ハーフを一つ。キャラメルと塩でお願いします」
「飲み物は?」
「私はオレンジジュース」
「俺はコーラ」
注文を終え、少し待つ。
やがて大きな容器に入ったポップコーンと、二人分の飲み物が渡された。
縁之丞がポップコーンを受け取る。
本子は中を覗き込んだ。
「こっちがキャラメルだね」
「反対が塩か」
「ちゃんと境界を守ってね」
「侵略する気か?」
「塩味が入ってきたら嫌だもん」
「俺も甘いのが混ざるのは困る」
「じゃあ停戦だね」
「ああ」
「絶対に越えないでよ」
「本子こそな」
本子はさっそくキャラメル味を一つつまみ、口へ運んだ。
「美味しい」
「まだ映画始まってないぞ」
「味見だよ」
「なくなるなよ」
「縁之丞も食べれば?」
縁之丞も塩味を一つ取る。
「普通だな」
「ポップコーンに何を求めてるの?」
「感想を聞いたのは本子だろ」
「聞いてないよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
館内に、上映開始を知らせる案内が流れる。
本子が時刻を確認した。
「そろそろ入れるみたい」
「行くか」
「うん」
縁之丞がポップコーンを持ち、本子は二人分の飲み物を持つ。
チケットを確認してもらい、二人は並んで劇場へ入った。
薄暗い通路を進み、予約した座席を探す。
「ここだね」
「ああ」
二人は中央付近の席へ並んで腰を下ろした。
縁之丞は二人の間にある肘掛けへ、ポップコーンを置く。
本子がその位置を確認する。
「ちゃんとキャラメル側、こっちにしてね」
「分かってる」
「上映中に間違えないでよ」
「暗くても分かるだろ」
「本当かな」
まだ本編は始まっていない。
画面には、これから公開される映画の予告が流れている。
本子は座席へ深く腰を下ろし、隣にいる縁之丞を見た。
「楽しみだね」
「恋愛の勉強が?」
「映画が」
「そっちか」
「勉強も少し」
「参考になるといいな」
「うん」
やがて館内の照明が、ゆっくりと暗くなっていく。
二人の間には、一つのポップコーン。
隣には、昔から一緒にいる幼馴染。
二人にとって初めての映画デートが、静かに始まろうとしていた。




