第44話 映画館
放課後。
二人は並んで、いつもの帰り道を歩いていた。
授業を終えた生徒たちが、前後で楽しそうに話している。
本子は鞄を揺らしながら歩いていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「ねえ」
「ん?」
「次の休み、どこ行く?」
縁之丞は首を傾げる。
「どこって?」
「デート」
「ああ」
恋人ごっこを始めてから。
二人は、休みの日を一緒に過ごすことが増えていた。
動物園へ行って。
縁之丞の家で一日遊んで。
以前から休日に会うことは珍しくなかったが、今ではそれをデートと呼ぶようになった。
「今度は本子の家でもいいけど」
「それだと、また普通に遊ぶだけになりそう」
「別にいいだろ」
「よくないよ」
「何で?」
「恋人らしいことを試すための恋人ごっこでしょ」
「そうだったな」
「忘れないでよ」
本子は少しだけ頬を膨らませる。
縁之丞は苦笑した。
「じゃあ、恋人らしいことって何だ?」
「それが分からないんだよね」
「俺に聞かれても分からん」
「だよね」
二人とも、これまで誰かと付き合った経験はない。
恋人なら休日をどう過ごすのか。
どこへ行けばデートらしくなるのか。
恋人ごっこを始めるまで、考えたことすらなかった。
「動物園も普通だったし」
「家で遊んでも普通だったな」
「何をしても普通になるね」
「昔から一緒だからだろ」
「そうかも」
本子は少し考えながら歩く。
やがて何かを思い出し、顔を上げた。
「そういえば」
「ん?」
「クラスのカップルが、この前映画を見に行ったって話してた」
「映画?」
「うん」
本子は鞄からスマホを取り出す。
「駅前の映画館に行ったらしいよ」
「恋人っぽいな」
「でしょ?」
「何を見たんだ?」
「恋愛映画」
「さらに恋人っぽい」
本子は嬉しそうに頷いた。
「映画デートなら、さすがに普通の幼馴染っぽくならないんじゃない?」
「昔も一緒に映画見ただろ」
「家でね」
「映画館も、小学生の頃に行かなかったか?」
「家族みんなででしょ」
本子は人差し指を立てる。
「今度は二人だけ」
「なるほど」
「しかも恋愛映画」
「確かに、今までとは違うか」
「うん」
本子はスマホで、駅前にある映画館の上映作品を調べ始めた。
いくつもの作品が画面に並ぶ。
「アクション映画」
「それは恋人らしくないのか?」
「普通に見たいだけになりそう」
「別にそれでもいいだろ」
「今回は恋愛の勉強だから」
「勉強しに映画見るのか?」
「恋人の予習」
「もう恋人ごっこしてるけどな」
「あ」
本子は一瞬だけ目を丸くした。
それから、照れくさそうに笑う。
「じゃあ、復習?」
「何も習ってないだろ」
「細かいなあ」
画面を何度か動かしたあと、本子の指が止まる。
「これ」
縁之丞がスマホを覗き込む。
表示されていたのは、高校生の男女を描いた恋愛映画だった。
幼い頃から一緒に育った二人が、少しずつ互いへの想いに気付いていく物語らしい。
「幼馴染の話だって」
「俺たちみたいだな」
「そうだね」
本子は紹介文を読む。
「ずっと隣にいた相手が、本当は一番大切な人だったことに気付くんだって」
「最初から気付けよ」
「物語が終わっちゃうでしょ」
「それもそうか」
「これにしようよ」
「いいぞ」
縁之丞は特に迷わず頷いた。
本子はそのまま上映時間を確認する。
「十一時からと、二時半からがあるよ」
「十一時でいいんじゃないか?」
「じゃあ、見終わってからお昼食べよっか」
「ああ」
「席は?」
「空いてるところでいいだろ」
「せっかくだから、真ん中がいい」
「どこでも同じじゃないか?」
「見やすさが違うの」
本子は座席表を開いた。
中央付近には、まだ二人分の席が並んで空いている。
「ここにするね」
「ああ」
「本当にいい?」
「本子が決めたならいい」
「じゃあ予約する」
本子は慣れた手つきで操作し、二人分の座席を予約した。
画面に予約完了の文字が表示される。
「取れた!」
「早いな」
「これで次のデート決定」
「映画を見るだけだけどな」
「恋愛映画だよ」
「だから何だよ」
「何か勉強になるかもしれない」
「なるのか?」
「多分」
「また多分か」
二人は顔を見合わせて笑った。
動物園でも。
家で過ごした休日でも。
結局、恋人らしいことはよく分からなかった。
けれど今度は、恋愛映画。
物語の中の恋人たちを見れば、自分たちにも何か分かるかもしれない。
こうして次の休日は。
二人にとって初めての、映画デートに決まった。




