第41話 いつもの場所
昼食と片付けを終えた二人は、縁之丞の部屋へ戻った。
午前中は何度もゲームで対戦したが、カレーを食べてお腹が満たされたせいか、もう一度始める気力はあまり残っていない。
縁之丞はソファへ腰を下ろした。
本子も当然のように、その隣へ座る。
「次、何する?」
「ゲームはもういいかな」
「負けるのが嫌になった?」
「さっき協力してただろ」
「失敗したけどね」
「誰かが勝手に突っ込むからな」
「誰だろう」
「お前だよ」
本子は楽しそうに笑った。
縁之丞はリモコンを手に取り、テレビをつける。
特に見たい番組があるわけではない。
画面に映ったのは、芸能人たちが騒ぎながら料理を作るバラエティ番組だった。
二人はチャンネルを変えることもなく、そのまま眺め始める。
「これ、前も見た気がする」
「再放送じゃないか?」
「違うと思う」
「同じような企画が多いんだろ」
「確かに、いつも料理してる気がする」
「さっき俺たちも作ったけどな」
「私たちの方が上手だったね」
「それはないだろ」
「失敗しなかったし」
「俺のおかげだな」
「どこが?」
「人参を切った」
「大きさ、ばらばらだったよ」
「味には影響なかった」
「私が直したからね」
画面の中では出演者が盛大に料理を焦がし、スタジオから笑い声が上がっている。
本子も小さく笑った。
けれど、先ほどまでより声に力がない。
ソファの上で両足を抱え、身体を丸めている。
「眠い?」
「少し」
「寝ればいいだろ」
「寝ない」
「何で?」
「寝たらもったいないから」
「何が?」
本子はテレビを見たまま答える。
「せっかく遊びに来てるのに」
「昔から何度も来てるだろ」
「今日は違うの」
「何が?」
本子は少しだけ顔を上げた。
「おうちデートだから」
「ああ」
縁之丞も、ようやく思い出したように頷く。
「そうだったな」
「また忘れてた?」
「いつもと変わらないから」
「忘れないでよ」
「本子もさっきまで普通にゲームしてただろ」
「ゲームをするおうちデートなの」
「便利な言葉だな」
「何をしてもデートになるからね」
「じゃあ、今テレビ見てるのも?」
「おうちデート」
「眠そうにしてるのも?」
「それもおうちデート」
「何でもありだな」
本子は満足そうに笑った。
「二人でいたらいいんじゃない?」
「そんなものか」
「多分」
「また多分か」
二人の視線が再びテレビへ戻る。
しばらくすると、本子の身体が少しずつ傾き始めた。
最初は腕が触れる程度。
やがて肩同士が重なり。
最後には、縁之丞の肩へ頭を預けた。
縁之丞は横目で本子を見る。
「重い」
「嘘」
「少しだけ」
「じゃあ、どく?」
本子はそう尋ねたが、身体を起こそうとはしなかった。
縁之丞も少し考える。
「……別にそのままでいい」
「じゃあ、このまま」
「ああ」
本子は目を細め、さらに深く頭を預ける。
縁之丞も座る位置を少しずらし、本子が寄りかかりやすいように姿勢を変えた。
「これで楽?」
「うん」
「ならいい」
それだけ言って、縁之丞はテレビへ視線を戻す。
本子の頭が肩に乗っている。
柔らかな髪が首元へ触れている。
少し動くたび、身体の温かさが伝わってくる。
それでも、不思議と緊張はしなかった。
本子が縁之丞へ寄りかかることも。
縁之丞がそれを受け入れることも。
二人の間では、ずっと昔から続いてきたことだった。
「縁之丞」
「ん?」
「ここ、落ち着く」
「俺の肩?」
「うん」
「枕じゃないんだけど」
「でも、ちょうどいい」
「勝手だな」
「今さらでしょ」
「それもそうか」
本子は小さく笑う。
しばらくして、ソファの上に置かれていた本子の手が動いた。
指先が、縁之丞の手の甲へ触れる。
一度離れ。
もう一度触れた。
やがて、そのまま縁之丞の手へ重なる。
握るわけではない。
指を絡めることもない。
ただ、手のひらを重ねているだけ。
縁之丞はその手を見下ろした。
「手、どうした?」
「何となく」
「そうか」
「嫌?」
「別に」
「じゃあ、このまま」
「ああ」
縁之丞は手を動かさなかった。
本子も、それ以上は何もしない。
二人は肩を寄せ、手を重ねたままテレビを眺め続ける。
恋人らしいことをしているつもりはなかった。
ただ本子が、いつもの場所へ収まり。
縁之丞が、いつものように受け入れただけ。
けれど。
遊びに来ることをデートと呼ぶようになったように。
いつもの距離も、少しずつ違う意味を持ち始めていた。




