第40話 いただきます
二人は完成したカレーを食卓へ運んだ。
炊きたてのご飯へ、湯気の立つカレーをかける。
大きさの揃っていない人参やじゃがいもが、いかにも二人で作ったものらしかった。
「できた」
「見た目は悪くないな」
「縁之丞が切った野菜以外はね」
「まだ言うのか」
本子は笑いながら椅子へ座る。
縁之丞も向かい側へ腰を下ろした。
「いただきます」
「いただきます」
二人は同時に手を合わせる。
縁之丞はスプーンでカレーをすくい、一口食べた。
「……意外とうまい」
本子が眉を寄せる。
「意外は余計」
「でも、本当にうまい」
「私のおかげ」
「否定できない」
「縁之丞が一人で作ったら、人参を丸ごと入れてたよ」
「そこまで雑じゃない」
「どうかな」
「さすがに皮くらい剥く」
「切るところまでは否定しないんだ」
縁之丞は返事をせず、もう一口食べた。
本子も満足そうにカレーを口へ運ぶ。
「うん。美味しい」
「自分で作って言うのか」
「縁之丞も作ったでしょ」
「ほとんど本子が作ってたけどな」
「人参を切った」
「半分以上、私が直したけどね」
「肉も炒めた」
「火を強くしすぎたのも縁之丞」
「結果的にうまくできたからいいだろ」
「私が止めたからね」
「じゃあ、ほとんど本子のおかげだな」
「最初からそう言ってる」
本子は得意そうに胸を張った。
縁之丞は苦笑しながら食べ進める。
途中、本子が縁之丞の皿を見た。
「じゃがいも大きい」
「食べ応えがある」
「切るの面倒だっただけでしょ」
「違う」
「本当?」
「……多分」
本子は吹き出した。
「やっぱり」
「食べられる大きさにはしただろ」
「ぎりぎりね」
本子は大きなじゃがいもをスプーンで割る。
中までしっかり火は通っていた。
「でも、ちゃんと柔らかい」
「だろ?」
「自分が煮込んだみたいに言わないで」
「火を強くした」
「それは失敗しかけたところ」
二人は顔を見合わせて笑った。
特別な材料を使ったわけではない。
作り方も、ごく普通。
それでも、自分たちで作ったカレーはいつもより少しだけ美味しく感じた。
「二人で作るのも楽しいね」
本子が何気なく言う。
「料理してる時は、ずっと文句言ってたけどな」
「縁之丞が雑だから」
「次はもう少しまともに切る」
「次も作る気あるんだ」
「本子が作りたいって言ったんだろ」
「うん」
本子は嬉しそうに頷いた。
「また一緒に作ろうね」
「ああ」
その約束も、二人の間では自然に決まった。
◇
食事を終えると、本子が空いた皿を重ねようとした。
その前に、縁之丞が手を伸ばす。
「俺が洗う」
「できる?」
「洗い物くらいできる」
「本当に?」
「料理と一緒にするな」
「じゃあ任せる」
二人は皿を持ってキッチンへ向かった。
縁之丞が流し台の前に立ち、本子はその隣で布巾を手にする。
「私が拭くね」
「ああ」
縁之丞が皿を洗い、本子へ渡す。
本子は受け取った皿の水気を丁寧に拭き取っていった。
誰が決めたわけでもない。
けれど、自然と役割が分かれていた。
「それ、まだ泡付いてる」
「どこに?」
「端っこ」
「これくらい流れてるだろ」
「駄目。ちゃんと洗って」
「細かいな」
「口に入れるものを乗せるんだから当たり前でしょ」
「はいはい」
「返事は一回」
「お母さんかよ」
「違うし」
本子は少し考えてから、胸を張った。
「どっちかっていうと、お姉ちゃんだよ」
「何でだよ」
「私の方が生まれたの早いから」
「数か月だろ」
「早いことには変わりないもん」
「それを言ったら、ただの幼馴染だろ」
「……いや」
本子が皿を拭く手を止めた。
「何だよ」
本子は不思議そうに首を傾げる。
「今の私たちは恋人だよ?」
縁之丞は一瞬、きょとんとした。
「あ」
「そうだった」
「忘れてたの?」
「いつもと変わらないから」
「それはそうだけど」
本子も否定できなかった。
二人で遊び。
二人でご飯を作り。
二人で並んで片付けをする。
何もかも自然すぎて、恋人ごっこをしていることを忘れそうになる。
「忘れないでよ」
「本子も普段は忘れてるだろ」
「私は忘れてないよ」
「本当か?」
「……多分」
「本子も多分じゃん」
二人は顔を見合わせる。
そして、ほとんど同時に笑った。
最後の皿を洗い終え、縁之丞が本子へ渡す。
本子は水気を拭き取り、棚へ戻した。
「これで終わり!」
「助かった」
「一人だったら、作る前に諦めてたでしょ」
「多分」
「そこは正直なんだ」
縁之丞は濡れた手をタオルで拭く。
「こういうのも、おうちデートなのか?」
「一緒に料理して、一緒に食べて、一緒に片付けたから」
本子は少し考える。
「多分、おうちデート」
「また多分か」
「初めてなんだから仕方ないでしょ」
「昔から似たようなことしてるけどな」
「でも、今日は恋人としてやったの」
「恋人ごっこな」
「細かい」
二人は笑いながらキッチンをあとにした。
一緒に作って。
一緒に食べて。
一緒に片付ける。
いつもの遊びの続きのようで。
少しだけ新しい、二人の休日だった。




