第39話 お昼ご飯
昼前。
何度もゲームを繰り返しているうちに、二人のお腹がほとんど同時に鳴った。
「……」
「……」
二人は顔を見合わせる。
本子が壁の時計を確認した。
「もうこんな時間」
「ずっとゲームしてたからな」
「お腹空いた」
「昼飯どうする?」
「何か作ろうよ」
「俺が?」
「一緒に」
本子は当然のように答えた。
「せっかくのおうちデートだし」
「一緒に料理するのも、おうちデートなのか?」
「多分」
「また多分か」
「やったことないから仕方ないでしょ」
本子は立ち上がり、縁之丞へ手を差し出す。
「ほら、行こ」
「ああ」
縁之丞はその手を取り、立ち上がった。
◇
リビングでは、清之丞と楓がテレビを見ていた。
「母さん」
「何?」
「キッチン使うぞ」
楓が振り返る。
「あら、お昼なら私が作るわよ」
「今日はいい」
縁之丞は隣にいる本子へ目を向けた。
「本子と一緒に作るから」
楓は少しだけ目を丸くする。
それから、柔らかく微笑んだ。
「そう」
「じゃあ、今日は二人にお願いしようかしら」
清之丞もソファから二人を見る。
「ちゃんと食べられるものを作れよ」
「カレーにするつもりだから大丈夫だろ」
「まだ決めてないよ」
「カレーなら失敗しにくいだろ」
「縁之丞がいるから分からない」
「俺の信用なさすぎだろ」
本子は小さく笑いながら、楓へ頭を下げた。
「キッチン、お借りしてもいいですか?」
「もちろん。好きに使ってね」
「ありがとうございます」
楓は立ち上がると、バッグを手に取った。
「私たちは買い物へ行ってくるわ」
「ついでに外で食べてくるか」
清之丞も立ち上がる。
「別に気を遣わなくてもいいぞ」
「気を遣っているわけじゃないわよ」
楓はくすっと笑った。
「帰ってきた時に残っていたら、少し味見させてね」
「頑張ります」
「縁之丞は本子ちゃんの邪魔をしないように」
「俺も作るんだけど」
「火事だけは起こすなよ」
「起こさねえよ」
清之丞と楓は、笑いながら玄関へ向かった。
「行ってくるわね」
「行ってらっしゃい」
「二人とも、ごゆっくり」
「親父、その言い方やめろ」
清之丞は答えず、楽しそうに手を振る。
玄関の扉が閉まった。
本子は少しだけ間を置いて、縁之丞を見る。
「二人きりになったね」
「昔から何度もあるだろ」
「今日はおうちデートだから」
「言い方が変わっただけだろ」
「それが大事なの」
「そういうものか?」
「多分」
「結局分かってないじゃん」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
キッチンへ入ると、二人は並んで冷蔵庫を開けた。
中には肉。
玉ねぎ。
人参。
じゃがいも。
本子が中を覗き込む。
「カレーにする?」
「やっぱりカレーじゃん」
「失敗しにくそうだから」
「さっき俺が言っただろ」
「縁之丞が作ることを考えたら、安全な方がいいかなって」
「俺を何だと思ってるんだ」
「料理初心者」
「間違ってないけど」
二人は材料を取り出し、調理台へ並べた。
本子が玉ねぎの皮を剥く横で、縁之丞は包丁を握る。
「俺が切る」
「大丈夫?」
「馬鹿にするな」
「指も一緒に切らないでね」
「子どもじゃないんだから」
縁之丞は人参へ包丁を入れた。
一つ目。
大きい。
二つ目。
さらに大きい。
三つ目は、妙に細い。
本子は玉ねぎを剥く手を止め、切られた人参を見つめた。
「大きさ、全部違うよ」
「食べれば同じだろ」
「火の通り方が変わるの」
「長く煮込めば何とかなる」
「ならない」
「なるだろ」
「大きいのが柔らかくなる頃には、小さいのが崩れるよ」
「細かいな」
「縁之丞が雑なの」
本子は縁之丞の隣へ立った。
「もう少し小さく切って」
「これくらい?」
「まだ大きい」
「じゃあ、どれくらいだよ」
本子は少し考えたあと、縁之丞の後ろへ回った。
包丁を握る手へ、自分の手を重ねる。
「このくらい」
「近いって」
「横からだと見えないから仕方ないでしょ」
本子の身体が、縁之丞の背中へ触れる。
顔もすぐ横にあった。
少し動けば、頬が触れそうな距離。
けれど、本子が見ているのは人参だけだった。
「指を曲げて」
「こう?」
「そう」
「包丁は真っすぐ下ろすの」
「分かってる」
「分かってないから教えてるんでしょ」
「お前、料理になると厳しいな」
「危なっかしいから」
「お前がくっついてる方が切りにくい」
「じゃあ、一人でちゃんと切って」
本子は手を離した。
縁之丞は教えられた通り、もう一度包丁を入れる。
先ほどより、少しだけ大きさの揃った人参が切れた。
「どうだ」
「うん」
本子は満足そうに頷く。
「やればできるじゃん」
「最初からできた」
「嘘」
「少し大きかっただけだろ」
「全部ばらばらだったよ」
二人は言い合いながら、残りの野菜も切っていった。
◇
鍋へ油を引き、肉と野菜を炒める。
本子が木べらを動かし、縁之丞が横から鍋を覗き込んだ。
「もう水入れていい?」
「まだ」
「結構炒めただろ」
「玉ねぎがまだ」
「同じ色に見える」
「ちゃんと見て」
「料理って面倒だな」
「食べるのは好きなくせに」
「作るのと食べるのは別だろ」
「じゃあ、覚えて」
「何で?」
「私がいない時でも作れるように」
何気なく言われた言葉に、縁之丞は少しだけ黙った。
「……お前、いつもいるだろ」
「毎日は来ないよ」
「それでも結構いる」
「なら、私がいる時は作ってあげようか?」
「それは助かる」
「代わりに片付けは縁之丞ね」
「やっぱり自分で作る」
「何でよ」
本子は笑いながら鍋へ水を注いだ。
しばらく煮込んだあと、いったん火を止めてカレールーを溶かしていく。
ルーが溶けたのを確認すると、縁之丞が火を強くした。
「何してるの?」
「早くできるように」
「強すぎ!」
本子が慌てて火を弱める。
「焦げるでしょ」
「沸騰させた方が早いと思って」
「料理は力技じゃないの」
「難しいな」
「普通に作ればいいの」
「その普通が分からん」
「最初はみんなそうだよ」
本子は鍋をゆっくりとかき混ぜる。
「一緒に作れば、そのうち覚えるでしょ」
「また作るのか?」
「嫌なの?」
「別に」
「じゃあ決まり」
「何が?」
「次も一緒に作る」
本子は楽しそうに笑った。
縁之丞も、それ以上は何も言わなかった。
しばらくすると、鍋からカレーの香りが漂い始める。
「いい匂い」
「ああ」
本子は少量を小皿へ取り、スプーンですくった。
「味見して」
「本子がすればいいだろ」
「熱いの苦手」
「知ってる」
縁之丞は差し出されたスプーンを受け取り、一口食べた。
「どう?」
「美味い」
「本当?」
「ああ」
「薄くない?」
「ちょうどいい」
本子は安心したように笑う。
「よかった」
縁之丞が食器棚から皿を取り出す。
本子は炊き上がったご飯を盛り、その上へカレーをかけた。
大きさの揃っていない人参やじゃがいもが、いかにも二人で作ったものらしい。
「完成!」
「見た目は悪くないな」
「縁之丞が切った野菜以外はね」
「まだ言うのか」
本子は楽しそうに笑う。
二人は完成したカレーを手に、並んで食卓へ向かった。




