第36話 おうちデート
次の休日。
本子が縁之丞の家へやってきた。
玄関を開けた縁之丞は、いつも通り彼女を迎える。
「おはよう」
「おはよう」
「入れば」
「うん」
本子は慣れた様子で靴を脱いだ。
何度も遊びに来ている家だ。
今さら遠慮する理由もない。
今日は父の霧島清之丞も仕事が休みで、母の楓と一緒にリビングでくつろいでいた。
「おはよう、本子ちゃん」
清之丞が笑顔で声を掛ける。
「おはようございます」
本子は笑顔で頭を下げた。
楓も優しく微笑む。
「ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
清之丞は縁之丞と本子を見比べた。
それから楓と目を合わせる。
「……」
「……」
二人は何も言わないまま、意味ありげに頷き合った。
縁之丞は嫌な予感しかしなかった。
「親父」
「何だ?」
「変なこと考えてるだろ」
「別に?」
口では否定している。
しかし、その表情はどう見ても肯定していた。
楓も笑いを堪えながら口を開く。
「邪魔しないように、私たちは下にいるから」
「何だよ、その言い方」
「普通に遊ぶだけだぞ」
「そうねぇ」
楓はくすっと笑う。
清之丞も何度も頷いた。
「普通にな」
「だから何だよ」
本子はそのやり取りがおかしくて、小さく吹き出した。
「ふふっ」
清之丞は満足そうに腕を組む。
「若いっていいな」
「あなた、からかい過ぎよ」
楓が苦笑する。
「だって、やっとだぞ?」
「気持ちは分かるけど」
二人は幼い頃から、縁之丞と本子を見てきた。
毎日のように一緒に遊び。
喧嘩をしても、気付けば隣に戻っている。
そんな二人が恋人ごっこを始めたと聞けば、微笑ましくもなるのだろう。
縁之丞にとっては、迷惑でしかなかったが。
「ほら、本子」
「行こっか」
「ああ」
本子は案内されるまでもなく、縁之丞と一緒に階段を上っていく。
途中、本子がふと口を開いた。
「これも一応、おうちデート?」
「昔から何度も来てるけどな」
「でも今は恋人でしょ」
「恋人ごっこな」
「細かい」
◇
二人は縁之丞の部屋へ入った。
机。
テレビ。
ゲーム機。
本棚。
窓際に置かれた、二人掛けのソファ。
昔からほとんど変わっていない、見慣れた部屋だった。
本子は迷うことなく、ベッドの端へ腰を下ろす。
「言い方だけ変わったね」
「何が?」
「遊びに来るのが、おうちデートになった」
「確かに」
特別な準備はない。
飲み物も。
お菓子も。
いつもと同じだった。
本子は部屋を見回す。
「おうちデートって、何するの?」
「知らん」
「映画を見るとか?」
「ゲームとか」
「一緒に料理したり?」
「わざわざ普段と違うことする必要あるか?」
「デートだから」
「普通に遊べばいいだろ」
本子は少し考えた。
「普通に遊ぶのも、おうちデートじゃない?」
「そうなのか?」
「多分」
「本子も知らないじゃん」
「やったことないもん」
「俺もない」
二人は顔を見合わせる。
恋人らしいおうちデートが何なのか。
結局、どちらにも分からなかった。
本子は小さく笑う。
「じゃあ、何して遊ぶ?」
縁之丞はゲーム機を指差した。
「まずは勝負だな」
「負けないよ」
「この前もそう言って負けてたけどな」
「あれは操作を忘れてただけ」
「言い訳だろ」
「今日は本気だから」
二人はいつものように、テレビの前へ並んで座った。
電源を入れると、聞き慣れた音楽が流れ始める。
おうちデート。
そう呼んだだけで。
始まったのは、いつもと変わらない休日だった。




