第32話 観覧車
園内を歩いていると、本子が急に立ち止まった。
「あっ」
「どうした?」
本子は遠くを指差す。
「あれ!」
縁之丞がその先を見る。
青空の下、大きな観覧車がゆっくりと回っていた。
「観覧車乗りたい!」
思わず笑う。
「動物園なのに?」
「乗りたい!」
「動物も見たい!」
「でも観覧車も乗りたい!」
「欲張りだな」
「今日はデートだから!」
本子は言ってから、一瞬だけ首を傾げた。
「あ、恋人ごっこのデートね」
「分かってる」
縁之丞は苦笑する。
「乗るか」
「やった!」
本子は子どものように嬉しそうな笑顔を見せ、観覧車へ向かって歩き出した。
「そんなに好きだったか?」
「うん」
「高いところから景色見るの好きなんだ」
「それに」
本子は振り返る。
「なんかデートって感じするでしょ?」
「確かにな」
二人は笑いながら列へ並んだ。
休日ということもあり、前には何組かの家族連れや恋人たちがいる。
そんな様子を眺めながら待っていると、順番はあっという間にやってきた。
◇
二人はゴンドラへ乗り込む。
扉が閉まり、ゆっくりと動き始めた。
「上がってくね」
「ああ」
少しずつ地面が遠ざかる。
本子は窓へ顔を近づけた。
「見て!」
「園内が全部見える!」
さっき歩いた道。
キリン舎。
ふれあい広場。
売店。
「あそこ、お昼食べたところじゃない?」
「本当だ」
「こんなに歩いたんだね」
「結構歩いてるな」
本子は楽しそうに窓の外を眺める。
「あっ、ゾウ!」
「遠くからでも分かる」
「なんか模型みたい」
「人も小さく見えるな」
「みんな豆粒だ」
二人は思わず笑った。
本子は窓に額を寄せる。
「天気よくてよかった」
「ああ」
青空の向こうには町並みも見えていた。
遠くには山並みも見える。
風景を眺めるだけなのに、不思議と落ち着く。
「小さい頃も乗ったことあったよね」
「遊園地でな」
「あの時、本子、高いところ苦手って言ってなかったか?」
「言ってた」
「でも今は平気」
「成長したな」
「えへへ」
少し得意そうに笑う。
◇
観覧車はゆっくりと頂上へ近づいていく。
本子がぽつりと呟いた。
「ねえ」
「ん?」
「普通のカップルって、一番高いところで何するんだろ」
「さあ」
「ちゅー?」
縁之丞は少し考える。
「……する人もいるんじゃないか」
「だよね」
本子は真面目な顔で頷いた。
「じゃあ私たちは?」
「しない」
「即答だ」
「する理由がないだろ」
「それもそうか」
本子もあっさり納得する。
「恋人ごっこって難しいね」
「なんでだ?」
「恋人っぽいことを考えると、急に恥ずかしくなる」
「普段通りなら平気なのにな」
「そうそう」
二人は少しだけ黙る。
そして同時に吹き出した。
「俺たちらしいな」
「うん」
「恋人ごっこなのにね」
「普通に遊ぶ方が楽だもん」
「それはある」
「でも」
本子は少しだけ笑って続ける。
「こうやって一緒にいるのは楽しいよ」
「ああ」
縁之丞も自然に頷いた。
「俺も楽しい」
それだけで十分だった。
観覧車は静かに頂上を越えていく。
高い場所にいるはずなのに、不思議と緊張しない。
隣にいるのが本子だからだろう。
昔から変わらない距離。
それが二人には一番自然だった。
◇
やがてゴンドラがゆっくりと地上へ戻る。
扉が開いた。
「楽しかった!」
本子は大きく伸びをする。
「ああ」
「景色、きれいだったな」
「また乗りたいね」
「そのうちな」
「今度は夜もいいかも」
「夜景か」
「うん」
「ライトアップされた遊園地とか、きれいそう」
「それもいいな」
本子は満足そうに笑う。
「じゃあ、そのうち行こう」
「約束?」
「約束」
本子は嬉しそうに頷いた。
二人は笑い合いながら歩き出す。
次に向かうのは、お土産ショップ。
今日の思い出は、まだ少しだけ増えそうだった。




