第31話 お昼ご飯
園内を歩き回り、時計はちょうど昼を指していた。
「そろそろ昼飯にするか」
「うん」
午前中だけでも、かなりの距離を歩いた。
動物を見て笑って、写真を撮って。
気付けばお腹も空いている。
二人は木陰のベンチへ腰を下ろした。
縁之丞は本子を見て言う。
「その前に」
「動物触ったから、しっかり手洗えよ」
「分かってるよ」
本子は笑いながら立ち上がる。
「ちゃんと洗ってくる」
「ああ」
軽く手を振り、洗い場へ向かう。
その後ろ姿を見送りながら、縁之丞も立ち上がった。
「俺も行くか」
手を洗い終えた二人は売店へ向かい、それぞれ好きな昼食を選ぶ。
◇
本子はサンドイッチ。
縁之丞はハンバーガー。
飲み物も買い、再びベンチへ戻った。
「いただきます」
「いただきます」
二人はほぼ同時に食べ始める。
本子はサンドイッチを一口。
縁之丞はハンバーガーを頬張る。
しばらく穏やかな時間が流れた。
本子がちらりと縁之丞の手元を見る。
「それ、美味しそう」
「そうか?」
「うん」
縁之丞は何の迷いもなくハンバーガーを差し出した。
「交換するか?」
「いいの?」
「ああ」
本子もサンドイッチを差し出す。
二人は自然な動作で交換した。
本子が一口食べる。
「美味しい」
「肉がしっかりしてる」
「だろ?」
今度は縁之丞がサンドイッチを食べる。
「こっちも悪くないな」
「野菜もいっぱい入ってるし」
「思ったより食べ応えある」
「でしょ?」
本子は少し得意そうに笑った。
互いに元へ戻し、そのまま何事もなかったように昼食を続ける。
お菓子も。
ジュースも。
昔から、こうして分け合ってきた。
だから今さら照れる理由などなかった。
◇
食べ終えた頃。
本子が縁之丞の顔をじっと見つめた。
「動かないで」
「ん?」
本子はバッグからハンカチを取り出す。
そして縁之丞の口元へそっと手を伸ばした。
「ソース付いてる」
「あ」
優しく拭き取る。
「はい、取れた」
「ありがとう」
「どういたしまして」
本子は微笑みながらハンカチをしまう。
その仕草も、ごく自然だった。
縁之丞も特に気にした様子はない。
幼い頃から、本子は何かと世話を焼いてくれていた。
転んで膝を擦りむけば絆創膏を貼り。
口元に食べかすが付いていれば笑いながら拭き取る。
そんな時間を何度も過ごしてきた。
◇
その近くでは、恋人らしき男女が昼食を食べていた。
「あ、あーん」
「は、恥ずかしいって」
「一口だけ!」
「分かったから……」
照れながら口を開ける彼氏。
嬉しそうに食べさせる彼女。
二人は顔を真っ赤にしながら笑っている。
本子はその様子を見て、小さく笑った。
「仲いいね」
「ああ」
「楽しそう」
「そうだな」
縁之丞も頷く。
恋人というのは、ああいうものなのだろう。
二人は顔を見合わせる。
食べ物を分け合うことも。
口元を拭くことも。
二人にとっては、昔からの当たり前だった。
だから。
周りから見れば恋人のように見えることにも、本人たちは気付いていない。
それが特別だとは、今日も思っていなかった。




