第29話 昔と同じ距離
園内を歩く。
本子が突然立ち止まった。
「あっ」
「どうした?」
「あれ見たい!」
本子が指差した先には、人気者の動物がいた。
縁之丞の腕を掴む。
「早く!」
「引っ張るな」
「逃げちゃう!」
「逃げないだろ」
二人は笑いながら人混みの中を進んでいく。
◇
混雑した通路。
人と人がすれ違い、肩が触れ合う。
どちらからともなく。
自然に手を繋いだ。
何も言わない。
人混みではぐれないように。
幼い頃から何度も繰り返してきたことだった。
「やっぱり混んでるね」
「休日だからな」
本子は繋いだ手を軽く揺らす。
「こうしてると安心」
「俺も」
それ以上の会話はない。
静かなまま歩く。
その沈黙も、二人には心地よかった。
◇
一通り歩き回ると、本子が大きく伸びをした。
「歩き疲れた」
「俺も」
ちょうど近くに売店がある。
「ソフトクリーム食べよ!」
「いいね」
二人は売店へ向かった。
「何味にする?」
「バニラ」
「一緒」
「無難だからな」
「バニラは裏切らない」
二人は同じバニラを受け取り、近くのベンチへ座る。
一口。
「美味しい」
「うん」
歩いたあとだからか、冷たさが心地よかった。
本子は縁之丞のソフトクリームを見る。
「一口」
「いいぞ」
本子はそのまま一口食べる。
「やっぱりこっちの方が甘い」
「同じだろ」
「気分」
「便利な言葉だな」
今度は縁之丞が本子のソフトクリームを見る。
「俺も」
「どうぞ」
一口食べる。
「……同じ味だ」
「気分だから」
「なるほど」
二人は笑う。
しばらく食べ進めていると、本子が思い出したように口を開いた。
「そういえば」
「ん?」
「恋人ってさ」
「うん」
「ソフトクリーム、一つを二人で食べたりするらしいよ」
「へえ」
「テレビで見た」
縁之丞は少し考える。
「つまり一本を交代で?」
「そういうことみたい」
二人は自分のソフトクリームを見る。
そして顔を見合わせる。
「……」
「……」
少しだけ想像してみる。
「溶けそう」
本子が真面目な顔で言った。
「確かに」
「あと、自分の食べる分なくなりそう」
「それは困るな」
「一本ずつ買った方がお得だよね」
「俺もそう思う」
二人は同時に頷く。
「……やめとこか」
「ああ」
結論は一瞬だった。
恋人らしいこと。
それよりも。
好きな味を、それぞれ好きなだけ食べられる方が、この二人には合っていた。
◇
ソフトクリームを食べ終える。
再び園内を歩き始める。
自然に手を繋ぐ。
腕を引っ張る。
飲み物を一口もらう。
ソフトクリームを分け合う。
どれも。
昔から当たり前にしてきたことだった。
恋人だからではない。
幼馴染だから。
本子が小さく笑う。
「やっぱ普通だね」
縁之丞も苦笑しながら頷いた。
「ああ」
「普通だな」
二人は顔を見合わせて笑う。
恋人になっても。
無理に恋人らしくなる必要はない。
昔と同じ距離だからこそ。
二人は今日も、一番自然に笑うことができた。




