第28話 キリンはでかい
休日。
二人は動物園の正門をくぐった。
家族連れやカップルで賑わう園内。
本子は入口でもらった園内マップを広げると、目を輝かせる。
「まずはキリン!」
「そんなに見たいのか?」
「見たい!」
迷いなく指を差し、そのまま縁之丞の腕を引っ張る。
「急ぐ急ぐ!」
「逃げないだろ」
「でも早く見たいの!」
縁之丞は苦笑しながら後をついていく。
恋人らしく手を繋ぐでもなく。
昔と変わらず腕を引っ張られて歩く。
それが二人には一番自然だった。
◇
キリン舎。
高い木の葉を食べるキリンが、ゆったりと歩いている。
縁之丞は見上げながら呟いた。
「でかいな」
本子は吹き出した。
「感想が小学生」
「でかいものは、でかい」
「間違ってないけど」
キリンがゆっくり首を動かす。
「首長いな」
「キリンだからね」
「脚も長い」
「全部長い」
「便利そうだな」
「何が?」
「高いところ届くし」
本子はまた笑う。
「そこ?」
「そこ」
しばらく二人は何も話さず眺めていた。
大きな体なのに、どこか穏やかで優しい動き。
「昔も見たよね」
本子がぽつりと言う。
「小学生くらいだったか」
「その時も縁之丞、『でかい』って言ってた」
「そうだっけ」
「うん」
本子はくすっと笑う。
「全然変わってない」
「本子も」
「え?」
「その時も一番最初にキリン見たいって言ってた」
本子は少し驚いたように目を丸くする。
「覚えてたの?」
「まあ」
「意外」
「忘れるようなことでもないし」
本子は少しだけ嬉しそうに笑った。
「また来られてよかった」
「そうだな」
それ以上は何も言わない。
それでも、不思議と心地よい沈黙だった。
◇
次は象。
大きな体でゆっくり歩き、水を鼻で吸い上げる。
「象もでかい」
「それしか言えないの?」
「事実だ」
「もっと感想あるでしょ」
「鼻器用だな」
「急に褒め始めた」
「俺もあれくらい器用なら宿題早く終わる」
「使い方違うと思う」
二人は笑う。
さらに進む。
今度はカバ。
水辺で大きな口を開けていた。
「カバもでかい」
「もういい」
本子は笑いながら縁之丞の肩を軽く叩く。
「全部でかいで終わるじゃん」
「実際でかい」
「認めるけど」
ちょうどその時。
カバが大きく口を開けた。
「うわ」
「すご」
「思ったよりでかい」
「感想更新された」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
サル山では、子ザルたちが元気よく走り回っていた。
「見て見て!」
本子はスマホを構える。
「かわいい!」
夢中で写真を撮る。
一匹の子ザルが木から木へ飛び移るたびに、
「あっ!」
「今の撮れなかった!」
「もう一回!」
と楽しそうに声を上げる。
その隣で縁之丞は静かに眺めていた。
「お前の方が楽しそうだな」
「楽しいもん」
本子は笑顔で答える。
「動物園好きなんだな」
「好き」
「そういえば昔も走り回ってた」
「覚えてる?」
「迷子になりかけただろ」
「あれは迷子じゃないもん」
「職員さんに保護されてたけど」
「……あれは、一時的にはぐれただけ」
「世間では迷子って言う」
本子は少しだけ頬を膨らませた。
「もう迷子にならないもん」
「そうか?」
「今日は縁之丞がいるし」
当たり前のように言われて。
縁之丞は少しだけ照れくさそうに笑う。
「それなら安心だな」
◇
ペンギンの前では、よちよちと歩く姿に二人で笑い。
レッサーパンダの寝顔を見て、
「寝てる」
「気持ちよさそう」
と、小さな声で話す。
気が付けば、本子のスマホには動物の写真が何十枚も増えていた。
「撮りすぎじゃない?」
「あとで見返すの」
「全部見分けられる?」
「もちろん」
「俺には同じ写真に見える」
「違います」
本子は得意げに画面を見せる。
「ほら、この子とこの子」
「……分からん」
「全然違う」
「難しい世界だ」
◇
一度ベンチで休憩する。
自動販売機で買った飲み物を飲みながら、園内を歩く人たちを眺める。
「思ったより広いな」
「まだ全然回れてないよ」
本子は園内マップを広げる。
「ほら」
縁之丞も覗き込む。
「本当だ」
「まだ半分も回ってない」
「あと半日遊べるな」
「うん!」
本子は嬉しそうに頷く。
「次はどこ行く?」
「本子が決めていいぞ」
「じゃあ……」
本子は地図を見ながら少し考える。
そして満面の笑みを浮かべた。
「まだまだ楽しもう!」
「ああ」
二人は立ち上がる。
今日は、まだ始まったばかり。
いつもの二人で。
いつもより少しだけ特別な一日を、まだまだ楽しむつもりだった。




