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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第27話 少し遠くへ

 休日の朝。


 本子は自室の鏡の前で立ち止まっていた。


「……これでいいかな」


 白を基調とした夏らしいワンピース。


 何着か見比べた末に選んだ一着だった。


 普段なら、こんなに服で悩むことはない。


 動きやすければ、それで十分。


 そんな性格だった。


 けれど今日は、少しだけ違う。


 恋人ごっこを始めてから初めての遠出。


 だから、ほんの少しだけ。


 いつもよりおしゃれをしてみようと思った。


 鏡の前でくるりと一回転する。


 歩きにくくはない。


 これなら一日歩いても大丈夫そうだ。


「……よし」


 小さく頷く。


 少しだけ緊張している自分が可笑しくなって、本子はふっと笑った。



 朝。


 縁之丞のスマートフォンに本子からメッセージが届く。


『今日はどこ行く?』


 休日になれば自然と遊ぶ。


 それが二人にとって当たり前だった。


 縁之丞は少し考えて返信する。


『いつも近場ばっかりだな』


『たまには遠出する?』


『いいね』


 二人はそのまま候補を探し始めた。


 水族館。


 遊園地。


 映画館。


 動物園。


 画面を眺めながら、思いつく場所を挙げていく。


 どこでも楽しそうだった。


 けれど、決め手がない。


 しばらくして。


 本子から新しいメッセージが届く。


『東山動植物園』


 縁之丞は画面を見て少し笑う。


『久しぶりだな』


『小学校以来?』


『多分』


『覚えてる?』


『キリン』


『それだけ?』


『あと弁当』


『食べることしか覚えてない』


『迷子になりかけてた』


『縁之丞が先に行ったから』


『俺のせいか』


『そう』


 少し間が空く。


 数秒後。


『じゃあ決まり』


『了解』


 これで今日の目的地が決まった。



 待ち合わせは駅前だった。


 縁之丞は約束の十分前には着いていた。


 休日の駅前は、多くの人で賑わっている。


 買い物へ向かう家族。


 楽しそうに話す学生。


 手を繋いで歩く恋人たち。


 ぼんやりと人の流れを眺めていると。


「縁之丞」


 聞き慣れた声がした。


 振り向く。


 本子がこちらへ歩いてくる。


 白を基調とした夏らしいワンピース。


 肩まで伸びた髪は、いつもより少しだけ丁寧に整えられている。


 足元も涼しげなサンダルで、普段とはどこか雰囲気が違った。


 思わず目が止まる。


 見慣れた本子なのに。


 今日は少しだけ違って見えた。


 本子は縁之丞の視線に気付くと、小さく手を振る。


「待った?」


「いや」


 本子が目の前まで来る。


 少しだけ沈黙が流れた。


 縁之丞は何か言おうとして。


 少し迷って。


 それでも素直に口を開く。


「その服」


「すごく似合ってる」


 本子は一瞬きょとんとした。


 まさか最初の一言が、それだとは思っていなかった。


「……ありがとう」


 頬がほんのり赤く染まる。


「そう言ってもらえると嬉しい」


 照れくさそうに笑う本子を見て、縁之丞も少し照れくさそうに頭をかいた。


「そうか」


「うん」


 少しだけ照れくさい空気が流れる。


 けれど、不思議と気まずくはなかった。


 本子は縁之丞を見つめる。


「縁之丞も」


「今日はいつもと違うね」


「そうか?」


「髪、ちゃんとセットしてる」


 縁之丞は前髪に触れた。


「母さんに整えられた」


「ふふっ」


「じゃあ、お母さんに感謝しないと」


「そうなるな」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 いつもの笑い方。


 だけど、少しだけ照れくさい。


 恋人ごっこを始める前とは、ほんの少しだけ違う笑顔だった。


「じゃあ」


「行こうか」


「ああ」


 二人は並んで歩き出す。


 改札を抜け、ホームへ向かう。


 ほどなくして電車が滑り込み、扉が開いた。


 二人は並んで乗り込む。


 窓の外では、見慣れた街並みがゆっくりと流れ始める。


 今日は、少しいつもより遠くへ。


 二人にとって初めての、少し遠くへのデートが始まった。

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