第26話 いつもの二人
帰り道。
「少し休憩していく?」
「ああ」
二人は、いつもの喫茶店へ入った。
窓際の席へ座り、注文した飲み物を待つ。
店内には穏やかな音楽が流れ、午後のゆったりとした空気が漂っていた。
しばらく静かな時間が続いたあと。
本子がふと口を開く。
「恋人って」
「何話すの?」
縁之丞は少し考える。
「知らない」
「だよね」
本子は小さく笑った。
結局。
二人の話題は、いつも通りだった。
学校のこと。
ゲームのこと。
漫画のこと。
宿題のこと。
昨日見た動画のこと。
恋人になったからといって、急に話す内容が変わるわけではない。
「そういえば」
本子が思い出したように言う。
「昨日のボス、倒せた?」
「ああ」
「ずるい」
「本子が寝落ちしたからだろ」
「睡眠は大事です」
「ゲーム中だったけどな」
「気にしない」
「今日こそ一緒に倒そう」
「今度は寝ない」
「信用できないな」
「今日はちゃんと昼寝したから大丈夫」
「昼寝してる時点で怪しい」
「失礼な」
本子は頬を少し膨らませる。
その様子が可笑しくて、縁之丞は思わず笑った。
「笑った」
「いや、本子らしいなって」
「褒めてる?」
「多分」
「じゃあ許す」
二人はいつものように笑い合う。
恋人ごっこを始める前と。
何も変わらない会話だった。
やがて、飲み物が運ばれてくる。
本子は自分のカフェオレを一口飲み。
それから縁之丞のコップへ視線を向けた。
「一口ちょうだい」
「いいぞ」
本子は自然な動きで、縁之丞のストローへ口を付けた。
いわゆる、間接キス。
恋人なら、もっと意識するものだと思っていた。
けれど。
一瞬だけ目が合う。
それだけだった。
「美味しい」
「だろ」
縁之丞も自分の飲み物を一口飲む。
本子も自分のコップへ戻る。
どちらも少しだけ意識はした。
それでも。
昔から何度も同じことを繰り返してきた二人には、やはり特別な出来事にはならなかった。
会計を済ませる。
店員の「ありがとうございました」という声を背に、二人は店を出た。
外は少しだけ日が傾き始めている。
夕方の風が心地よかった。
◇
並んで歩く。
話題はまた学校へ戻っていた。
「来週、小テストあったよな」
「あった」
「勉強した?」
「まだ」
「珍しい」
「昨日ゲームしてたから」
「原因分かってるじゃん」
「分かってる」
本子は悪びれる様子もなく頷く。
「縁之丞、教えて」
「いいけど」
「やった」
「その代わり寝るなよ」
「努力します」
「努力か」
「保証はできません」
「それじゃ意味ないだろ」
二人はまた笑う。
恋人らしい甘い会話ではない。
けれど。
こうして他愛のない話をしている時間が、二人にとっては何より心地よかった。
やがて、人通りの多い通りへ入る。
その瞬間。
縁之丞は何も言わず、本子の手を握った。
本子も当たり前のように握り返す。
人混みではぐれないように。
幼い頃から何度も繰り返してきたことだった。
しばらく歩いてから、本子が小さく笑う。
「これ」
「何?」
「デートになってる?」
縁之丞は、繋いだ手を見る。
「多分」
「普通だな」
「普通だね」
少し歩いて、本子がぽつりと呟く。
「でも」
「ん?」
「こういう普通なら、嫌いじゃない」
縁之丞は少しだけ照れくさそうに笑う。
「俺も」
二人は顔を見合わせて笑った。
恋人らしいことをしているはずなのに。
二人にとっては。
どれも昔から当たり前だった。
写真を撮っても。
名前を呼び合っても。
食べさせ合っても。
手を繋いでも。
どこかで「いつもの延長」のように感じてしまう。
だから。
二人は、まだ気づいていない。
――“いつも通り”だと思っている、その毎日が。
少しずつ。
昨日までとは違う意味を持ち始めていることに。




