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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第23話 恋人っぽい写真

 本子は、先ほど撮った写真を見つめながら、小さく首を傾げた。


「もっと寄った方がいいんじゃない?」


「これ以上?」


「恋人の写真なら、もう少し距離が近いと思う」


 縁之丞も画面を覗き込む。


 二人で肩を並べて立ってはいるものの、表情が硬いせいか、入学式の記念写真のようにも見えた。


「じゃあ、こうするか」


 縁之丞は迷うことなく、本子の肩へ腕を回した。


「えっ」


「違った?」


「ううん。急だったから驚いただけ」


 本子も縁之丞の方へ身体を寄せる。


 肩へ回された腕の内側へ入り、その胸元へ軽く頭を預けた。


 縁之丞の身体が、わずかに固くなる。


 本子も、肩を抱く腕を少しだけ意識した。


 けれど。


 嫌だとは思わない。


 むしろ、昔からよく知っている温かさに、すぐに緊張がほどけていった。


「これなら恋人っぽい?」


「さっきよりは」


「じゃあ、撮るよ」


「おう」


 本子がスマートフォンを構える。


 二人で画面へ顔を向けた。


 カシャッ。


 撮れた写真を、二人で覗き込む。


 縁之丞が本子の肩を抱き。


 本子が、その胸元へ寄り添っている。


 構図だけを見れば、十分に恋人らしい写真だった。


「…………」


「…………」


「思ったより普通だな」


「うん。少しは緊張したけど」


「俺も」


「でも、すぐ慣れたね」


「昔から近いからかな」


 二人は、もう一度写真を見る。


 縁之丞に肩を抱かれることも。


 本子が身体を預けることも。


 幼い頃から、何度も繰り返してきた。


 恋人として意識した瞬間だけは、少し胸が落ち着かなかった。


 けれど、その距離自体は。


 二人にとって、あまりにも馴染み深いものだった。


「もっと恋人っぽくする?」


 本子が尋ねる。


「どうやって?」


「顔を近づけるとか」


「どれくらい?」


「写真を見た人が、恋人だと思うくらい」


「分かりにくいな」


「とりあえず、やってみよう」


 本子は縁之丞の肩へ腕を回し、さらに身体を寄せた。


 縁之丞も少し屈み、本子へ顔を近づける。


 額が触れそうになり。


 互いの頬も、あと少しで重なる。


「これくらい?」


「もう少し」


「近くない?」


「恋人っぽい写真を撮るんでしょ」


「そうだけど」


 二人は、さらに顔を寄せた。


 頬が、ほんのわずかに触れる。


「…………」


「…………」


 互いの体温が、触れた場所から伝わる。


 吐息まで感じられそうな距離に、二人は一瞬だけ動きを止めた。


「……近いな」


「縁之丞が近づいたんでしょ」


「本子が、もう少しって言ったんだろ」


「そうだけど」


「やめる?」


「やめない」


 本子は少しだけ頬を赤くしながら、画面へ視線を戻した。


「撮るよ」


「おう」


 カシャッ。


 二枚目の写真が撮れた。


 本子はすぐに身体を離さず、そのまま画面を確認する。


 頬を寄せ合い、互いの肩へ腕を回している二人。


 一枚目よりも、さらに恋人らしく見えた。


「これは?」


「かなり近いな」


「恋人っぽい?」


「見た目は」


「気持ちは?」


 縁之丞は少し考える。


「さっきよりは緊張した」


「私も」


「でも」


「うん」


「思ってたほどじゃないな」


「そうだね」


 二人は近い距離のまま、顔を見合わせた。


 まったく意識していないわけではない。


 頬が触れた瞬間は、確かに胸が少しだけ騒いだ。


 それでも。


 顔を近づけること自体は、二人にとって初めてではなかった。


「何でだろう」


 本子が不思議そうに呟く。


「顔が近いのも、慣れてるからじゃない?」


「そんなに近づいたことあった?」


「あるだろ」


「いつ?」


「本子が俺のゲーム画面を覗き込む時とか」


「それは画面を見てるだけだよ」


「ソファで寝てた時、顔が目の前にあったこともある」


「あれは、縁之丞が私の方へ転がってきたんでしょ」


「本子が俺の枕を使ってたんだよ」


「先に寝た人のものです」


「俺の部屋なのに?」


「細かいことは気にしないで」


 本子は苦笑しながら、もう一度写真を見る。


 恋人らしい距離にいるはずなのに。


 二人にとっては、昔から何度も経験してきた距離だった。


 ただ。


 恋人として近づいた今日は。


 同じ距離の中に、以前はなかった小さな緊張が混ざっていた。


「もう少し違う構図にする?」


「まだ撮るの?」


「せっかくだから」


 本子はスマートフォンを持ち直す。


「縁之丞が、後ろから私を抱くとか」


「こう?」


 縁之丞は本子の背後へ回り、肩越しから画面を覗き込んだ。


 そのまま両腕を、本子の身体の前へ自然に回す。


 本子の背中が、縁之丞の胸へ触れた。


「これでいい?」


「うん」


「さっきより近くない?」


「後ろから抱いてるからね」


 縁之丞の腕の中へ収まっている。


 そう意識すると、本子は少しだけ落ち着かなくなった。


 けれど。


 背中から伝わってくる温かさには、どこか安心感もあった。


「嫌?」


 縁之丞が尋ねる。


「嫌じゃないけど」


「なら、撮るぞ」


「私のスマホなんだけど」


「細かいことは気にするな」


「真似しないでよ」


 本子は笑いながら撮影ボタンを押した。


 カシャッ。


 三枚目。


 今度は、縁之丞が本子を後ろから抱き、本子がその腕へ自分の手を重ねている。


 誰が見ても、恋人同士にしか見えない構図だった。


「これは、かなり恋人っぽい」


 本子が呟く。


「見た目はな」


「さっきから、そればっかり」


「本子は?」


「少し恥ずかしい」


「俺も」


「でも、嫌じゃない」


「それも同じ」


 二人は顔を見合わせることができないまま、小さく笑った。


 恋人らしい構図を試すたび。


 以前にはなかった照れが、少しだけ生まれる。


 けれど。


 二人が感じる距離そのものは、やはり昔と大きく変わらなかった。


「何なら、もっと恋人っぽくなるんだろう」


「知らない」


「写真でも、よく分からないね」


「俺たち、最初から距離が近すぎたんじゃないか?」


「そんなこと……」


 本子は否定しかけ、言葉を止めた。


 そして、何かを思い出したように写真フォルダを開く。


「あ」


「どうした?」


「見て」


 本子は過去の写真を表示した。


 そこには、幼い頃からの二人の姿が並んでいる。


 家族旅行で、肩を組みながら笑っている写真。


 夏祭りで、縁之丞の腕へ本子が抱きついている写真。


 運動会で、二人が頬を寄せ合いながら賞状を持っている写真。


 海辺で、疲れて眠った本子を縁之丞がおぶっている写真。


 幼稚園の発表会で、二人が手を繋いで立っている写真。


「これ、何歳?」


「五歳くらいじゃない?」


「本子、俺の背中に乗ってる」


「歩くのに疲れたから」


「今と変わらないな」


「今は自分で歩くよ」


「この前も、疲れたって俺の腕に掴まってただろ」


「あれは少し休んでただけ」


「歩きながら休むなよ」


「縁之丞が支えてくれたから大丈夫」


「俺がいる前提なの?」


「違うの?」


 どこかで聞いたような言葉だった。


 縁之丞は少しだけ笑う。


「……違わないけど」


「なら大丈夫」


「真似するなよ」


 本子も楽しそうに笑い、次の写真へ指を滑らせた。


 小学生の頃の二人が、ソファの上で寄り添いながら眠っている。


「これも近いね」


「本子、俺を枕にしてるじゃん」


「縁之丞も、私の頭に頬を乗せてるよ」


「重かっただろうな」


「覚えてないの?」


「寝てたからな」


「私も寝てたけど」


「じゃあ、どっちも覚えてないじゃん」


「写真が証拠です」


「何の証拠だよ」


 本子はさらに指を滑らせる。


 夏祭りの人混みで、互いの手を強く握っている写真。


 別の写真では、二人で同じ飲み物へ口をつけていた。


 肩を組み。


 抱きつき。


 頬を寄せ。


 手を繋ぎ。


 寄り添って眠っている。


 どの写真も。


 今撮ったものと、ほとんど変わらない距離だった。


「昔から肩を組んでる」


「抱きついてもいるな」


「頬も寄せてる」


「一緒に寝てる写真まである」


 本子は写真を見つめたまま、苦笑した。


「私たち」


「最初から距離が近すぎたね」


「そうみたいだな」


「だから、恋人っぽい写真を撮っても、思ったほど緊張しないのかな」


「昔から同じことしてるからな」


「でも、少しは違ったよね」


「ああ」


 縁之丞も、先ほど撮った写真を見る。


「昔は何も考えてなかった」


「今日は恋人として近づいたから?」


「多分」


「また多分」


「本子も分かってないだろ」


「それはそうだけど」


 二人は、今撮った写真と幼い頃の写真を交互に見た。


 身体の大きさも。


 服装も。


 顔立ちも変わっている。


 それでも。


 互いのそばにいる時の表情だけは、昔からほとんど変わっていなかった。


 どの写真でも。


 二人は、当たり前のように隣で笑っている。


「でも」


 縁之丞が画面を覗き込みながら言う。


「今日の写真は、昔のとは少し違うだろ」


「何が?」


「恋人として撮った」


 本子が顔を上げる。


「そうだね」


「見た目は同じでも、意味は違うんじゃない?」


「縁之丞にしては、いいこと言うね」


「余計な一言が多い」


「でも、本当にそうかも」


 本子は小さく笑い、先ほど撮った写真をもう一度開いた。


 縁之丞が肩を抱いている写真。


 頬を寄せ合った写真。


 後ろから抱きしめられている写真。


 どれも、昔にも似たようなことをしてきた。


 けれど。


 幼馴染としてではなく。


 恋人として撮った写真なのだと思えば、少しだけ違って見える。


 肩を抱かれた時の小さな緊張も。


 頬が触れた時の熱も。


 後ろから抱きしめられた時の安心感も。


 昔の写真にはなかったものだった。


「どれを残す?」


 本子が尋ねる。


「全部でいいんじゃない?」


「変な顔してない?」


「いつもの本子だろ」


「それ、褒めてる?」


「普通に可愛いと思うけど」


「…………」


 本子は一瞬だけ目を見開いた。


 縁之丞は写真を見たまま、特に気にした様子もない。


「何?」


「何でもない」


 本子は慌てて画面へ視線を戻した。


 先ほどまでよりも、頬が少しだけ熱くなる。


「写真、消すの?」


「消さない」


「じゃあ、送って」


「後でね」


「今でいいだろ」


「ちゃんと選んでから送るの」


「全部残すんじゃないの?」


「縁之丞に送る写真は選ぶ」


「何が違うんだよ」


「女の子には色々あるの」


「よく分からない」


「分からなくていいよ」


 本子は三枚の写真を、削除せずに残した。


 昔と変わらない距離で撮った。


 けれど、昔とは少しだけ意味の違う写真。


 それが何となく嬉しくて。


 本子は、もう一度だけ画面を見てからスマートフォンを閉じた。


「次は何する?」


「まだ恋人らしいことを探すの?」


「一つだけじゃ、研究にならないでしょ」


「写真は三枚撮ったけど」


「全部同じ種類だから一つです」


「厳しいな」


「じゃあ、次は縁之丞が考えて」


「俺?」


「交代制にしよう」


「何があるかな」


 二人は再び並んで歩き始めた。


 写真を撮ったところで。


 すぐに互いへの気持ちが分かったわけではない。


 それでも。


 本子のスマートフォンには。


 幼馴染ではなく、恋人として撮った二人の写真が、初めて残った。


 昔と同じ距離で。


 昔と同じように並んで笑う。


 けれど。


 その時に感じたものと。


 写真に込められた意味だけは。


 昔とは、ほんの少し違っていた。

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