第22話 二人だけの写真
放課後。
二人は、いつもの帰り道を並んで歩いていた。
縁之丞が空を見上げながら、ふと口を開く。
「結局さ」
「何?」
「恋人ごっこを始めても、思ったほど変わってないよな」
本子も少し考え、素直に頷いた。
「確かに」
「昨日もデートしたけど」
「服を見て、本を買って、お茶しただけだったね」
「いつもの外出と同じだった」
「恋人繋ぎはしたよ」
「それは少し違ったな」
「好きとも言った」
「…………」
「…………」
二人は昨日の喫茶店を思い出し、揃って顔を逸らした。
「それは……結構違ったかも」
縁之丞が小さく呟く。
「うん」
本子も頬をわずかに赤くしながら頷いた。
何も変わっていないわけではない。
同じ手を繋ぐだけでも、以前より少しだけ緊張するようになった。
同じストローから飲むことも。
好きだと言い合ったことも。
後から思い返せば、胸の奥が落ち着かなくなる。
けれど。
恋人ごっこを始めれば、すぐに互いへの気持ちが分かると思っていた。
実際には、以前より相手を少し意識するようになっただけ。
答えらしい答えは、まだ何も見つかっていない。
「このままじゃ、研究にならないな」
「まだ研究って言ってる」
「違いを確かめるんだろ?」
「そうだけど」
本子は少し考え込み、小さく手を叩いた。
「じゃあ、恋人らしいことを一つずつ試してみる?」
「一つずつ?」
「うん」
「恋人がよくすることを、順番にやってみるの」
縁之丞も少し考えた後、笑って頷いた。
「賛成」
「でも」
「恋人らしいことって、何だ?」
「そこから分からないね」
二人は歩きながら、腕を組んで考え込む。
「手を繋ぐ?」
「昨日やった」
「一緒にご飯を食べる」
「毎週してる」
「買い物」
「それも昨日した」
「好きって言う」
「昨日やった」
「もう一回言う?」
「今日はいい」
「私も」
二人は同時に答え、顔を見合わせた。
「……ほかには?」
「家で一緒に過ごす」
「いつもやってる」
「電話する」
「毎朝、本子が起こしてくる」
「起こさないと寝坊するからでしょ」
「通話しながら寝るとか?」
「小学生の時に、やったことあるね」
「あれは電話を切り忘れただけだろ」
「朝まで繋がってた」
「本子の寝息がうるさかった」
「縁之丞の方がうるさかったよ」
「俺、寝息立てないけど」
「寝てる人には分からないよ」
「本子にも分からないだろ」
「私は静かだから大丈夫」
「どういう理屈だよ」
本子は楽しそうに笑った。
思いつくものは、ほとんど昔から一緒にしてきたことばかりだった。
幼馴染として過ごした時間が長すぎる。
何が恋人らしくて。
何が幼馴染らしいのか。
二人には、その境界が分からなかった。
「改めて考えると」
縁之丞が苦笑する。
「俺たち、何でもやってるな」
「幼馴染の期間が長すぎたのかも」
「十六年くらい?」
「生まれた時からだからね」
「恋人ごっこは、まだ一週間くらい」
「勝てるわけないね」
「何と戦ってるんだよ」
「幼馴染の私たち」
「自分たちじゃん」
また二人で笑う。
恋人ごっこを始めても、十六年間積み重ねてきた普通は簡単には変わらない。
何か新しいことを探そうとしても、ほとんど経験済みだった。
しばらく歩いていると。
本子が何かを思いついたように顔を上げる。
「写真」
「写真?」
「恋人って、一緒に写真を撮るイメージがある」
縁之丞は少し考える。
「家族と撮った写真なら、山ほどあるけど」
「二人だけで撮ったものは?」
「運動会とか、入学式とか?」
「それは家族が撮った写真でしょ」
「二人で自撮りしたことは?」
「……あんまりないかも」
二人で出かけることは多かった。
けれど、その様子をわざわざ写真へ残したことはほとんどない。
撮るとしても、食べ物や景色ばかり。
互いの写真を撮ることはあっても、二人で同じ一枚に収まることは少なかった。
「これは、まだあんまりやってないな」
縁之丞が言う。
「うん」
本子は少し嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、撮ってみよう」
◇
二人は駅前にある、人通りの少ない広場へ向かった。
夕方の広場には、買い物帰りの人や、ベンチで休憩する学生が何人かいるだけだった。
本子は鞄からスマートフォンを取り出す。
「普通に並べばいい?」
「多分」
「縁之丞、もう少しこっち」
「近くない?」
「画面に入らないから」
縁之丞が少しだけ本子へ近づく。
二人は肩を並べ、画面の中を覗き込んだ。
「これで入ってる?」
「ぎりぎり」
「本子がもう少し腕を伸ばせば?」
「これ以上伸びないよ」
「貸そうか?」
「縁之丞が持ったら、私が小さく映るでしょ」
「気にするところ、そこなんだ」
「大事だよ」
本子は画面の角度を何度か調整する。
縁之丞は、その隣で特に表情を変えずに立っていた。
「撮るよ」
「おう」
「笑って」
「笑ってる」
「真顔だよ」
「急に笑えって言われても無理だろ」
「昨日は普通に笑ってたじゃん」
「話してる時と、写真は違う」
「じゃあ、楽しいこと考えて」
「急だな」
「ほら。時間なくなるよ」
「何の時間だよ」
本子は少し呆れたように笑う。
「もう普通でいいや」
「最初からそう言ってる」
「縁之丞が笑わないからでしょ」
本子が撮影ボタンへ触れる。
カシャッ。
撮れた写真を、二人で覗き込んだ。
「…………」
「…………」
画面には、本子と縁之丞が並んで映っていた。
距離は近い。
肩も触れそうになっている。
けれど。
二人とも真っ直ぐカメラを見たまま、表情が少し硬い。
「記念写真みたい」
本子が呟く。
「入学式の写真にありそうだな」
「私たちだけだから、家族写真ではないけど」
「幼馴染の記念写真」
「何の記念?」
「恋人ごっこを始めた記念?」
「それなら、もっと恋人っぽく撮らないと駄目じゃない?」
「これじゃ駄目なの?」
「デート中には見えないよ」
「普通だな」
「普通だね」
本子は写真と、隣にいる縁之丞の顔を見比べた。
恋人らしいこととして思いついた、二人だけの写真。
けれど。
ただ隣へ並んだだけでは、いつもの二人と何も変わらない。
本子はしばらく考え。
小さく首を傾げた。
「もっと寄った方がいいんじゃない?」
「これ以上?」
「恋人の写真なら、もう少し距離が近いと思う」
縁之丞は、画面に映る二人をもう一度確認した。
「じゃあ、どれくらい寄る?」
「それを今から試すの」
本子はスマートフォンを持ち直し、縁之丞の隣へ一歩近づいた。




