第20話 恋人らしいこと
最初に立ち寄ったのは、駅前にある服屋だった。
明るい店内には、季節物の服が綺麗に並べられている。
本子は店へ入ると、さっそく一着の服を手に取った。
淡い色の上着を自分の身体へ合わせ、縁之丞へ見せる。
「これ、どう?」
縁之丞は、本子と服を交互に眺めた。
「似合いそう」
「本当?」
「ああ」
本子は少し嬉しそうに、鏡の前へ立つ。
「じゃあ、これにしようかな」
「でも」
「でも?」
縁之丞は隣の棚へ視線を向け、別の服を指差した。
「こっちの方が、本子っぽい気がする」
「私っぽい?」
「うん」
本子は指差された服を手に取った。
落ち着いた色の、飾り気が少ない上着だった。
「どの辺が私っぽいの?」
「ちょっと地味なところ」
本子は無言で服を棚へ戻した。
「買うのやめる」
「何でだよ!?」
「縁之丞が地味って言ったから」
「似合うって意味だよ」
「地味が似合うって言われて、喜ぶ女の子はいないよ」
「そうなの?」
「そうなの」
「難しいな」
縁之丞は困ったように頭をかいた。
本子はしばらく不満そうな顔をしていたが、やがて堪えきれずに吹き出した。
「本当に正直すぎるんだよ」
「嘘を言うよりいいだろ」
「デートでは、少しくらい気を遣うものなの」
「じゃあ、何て言えばよかった?」
「落ち着いていて、本子に似合うと思う、とか」
「落ち着いていて、本子に似合うと思う」
「今言われても遅い」
「難しすぎる」
縁之丞が本気で悩んでいるため、本子はまた笑ってしまった。
「次から頑張って」
「次も服を選ぶの?」
「今度はちゃんと褒められるか試す」
「試験みたいだな」
「恋人ごっこの試験です」
本子は楽しそうに答えた。
◇
次に入ったのは、本屋だった。
入口近くには話題の小説が並び、奥の棚には漫画の新刊が平積みされている。
「あ」
本子が一冊の漫画を見つけ、足を止めた。
「これ、出てる」
「本当だ」
「買う」
「俺も」
「同じ本を二冊買うの?」
「読む速度違うだろ」
「貸してくれればいいのに」
「本子、借りた本を自分の部屋へ置いたままにするじゃん」
「ちゃんと返してるよ」
「三か月後に」
「返してるならいいでしょ」
「遅いんだよ」
二人は、それぞれ同じ漫画を手に取った。
隣の棚には、二人で遊んでいるゲームの攻略本が並んでいる。
本子が一冊を開き、縁之丞も横から覗き込んだ。
「このボス、倒せた?」
「まだ」
「昨日もやってたんじゃないの?」
「途中で寝た」
「また?」
「同じ攻撃で三回やられて、面倒になった」
本子は攻略ページを指差す。
「ここに弱点書いてあるよ」
「本当だ」
「でも、見たら面白くなくない?」
「じゃあ、閉じよう」
二人は同時に本を閉じた。
「今度、一緒にやるか」
「やる」
「本子、回復役な」
「嫌。縁之丞が回復して」
「俺が攻撃した方が早いだろ」
「私だって攻撃できるよ」
「この前、崖から落ちてたじゃん」
「あれは操作を間違えただけ」
「三回も?」
「縁之丞が話しかけるから」
「俺のせいなの?」
「そう」
「理不尽だな」
気づけば、話題はいつものゲームのことばかりになっていた。
デートらしい会話をしようと思っていたはずなのに。
いつも通りの本屋で。
いつも通りの漫画を選び。
いつも通り、次に遊ぶ約束をしている。
本子は、手に持った漫画を見ながら首を傾げた。
「これ、デートっぽい?」
「本屋で買い物してるから、デートなんじゃない?」
「普段と何も変わらないよ」
「今日は本子がおしゃれしてる」
「そこだけ?」
「俺も一応、髪を整えてきた」
「そうなの?」
「少し」
本子は縁之丞の髪を見る。
言われてみれば、普段より寝癖が少ないような気がする。
「全然気づかなかった」
「頑張ったのに」
「ごめん」
「もういい」
「似合ってるよ」
「適当に言ってない?」
「縁之丞が教えてくれた褒め方」
「俺の時だけ雑じゃない?」
二人は小声で笑い合った。
◇
本屋を出た後は、近くの雑貨屋へ入った。
店内には文房具や小物、可愛らしい飾りが並んでいる。
本子は、小さな猫の飾りがついた鍵入れの前で足を止めた。
「これ、可愛い」
「欲しい?」
「ちょっと」
「買えば?」
「見るだけ」
「さっきからずっと見てるけど」
「可愛いものは、見てるだけでも楽しいの」
「そういうもの?」
「そういうもの」
本子は商品を手に取り、表と裏を眺める。
だが、値札を確認すると元の場所へ戻した。
「やっぱり買わないの?」
「今使ってるのがあるから」
「じゃあ、何でそんなに見てたんだよ」
「可愛いから」
「欲しいんじゃん」
「欲しいのと、買うのは別」
縁之丞には、その違いがよく分からなかった。
本子は隣の棚へ移り、今度は色違いの小さな飾りを見つける。
「これ、縁之丞と色違いにできそう」
「俺もつけるの?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど」
「じゃあ買う?」
「さっき、見るだけって言ってなかった?」
「これは二人で使えるから」
「恋人っぽい?」
「お揃いだから、少しは」
本子は二つを並べて眺める。
けれど、しばらく迷った後、やはり棚へ戻した。
「買わないの?」
「今日はやめておく」
「何で?」
「本当に欲しくなった時に買う」
「今じゃないの?」
「今は、恋人らしいことをしたいから欲しいだけかもしれないでしょ」
縁之丞は少し考える。
「なるほど」
「分かった?」
「無理に恋人っぽくしなくてもいいってこと?」
「多分」
「また多分か」
「だって、まだ分からないもん」
本子は小さく笑った。
恋人らしく振る舞おうと思っていたはずなのに。
気づけば、いつものように商品を見て。
いつものようにくだらない話をしている。
特別なことをしようとすれば、どこか不自然になる。
何も考えなければ、すぐに幼馴染へ戻ってしまう。
恋人としてのデートは、二人が思っていたより難しかった。
◇
店を出ると、休日の駅前はさらに人が増えていた。
買い物袋を持った人々が行き交い、狭い歩道には人の波ができている。
本子が後ろから来た人を避けようとして、少しだけよろけた。
その瞬間。
縁之丞は何も考えず、本子の手を掴んだ。
「ほら」
「はぐれるぞ」
「子供じゃないんだけど」
「本子、よく人に流されるだろ」
「縁之丞が歩くの速いんだよ」
「今日は合わせてる」
「少しだけね」
二人は、そのまま人混みの中を歩き始めた。
昔から何度も繋いできた手。
人混みではぐれないように。
転びそうな時に支えるために。
特別な意味などなく、当たり前のように握ってきた手だった。
けれど今日は。
縁之丞に手を引かれながら、本子の胸は少しだけ落ち着かなかった。
これは、いつもの手繋ぎなのか。
それとも、デート中の恋人として繋いでいるのか。
本子は隣を歩く縁之丞を見上げる。
縁之丞は、人の流れを避けることに集中している。
きっと何も考えていない。
それが少しだけ悔しくなった。
本子は、握られていた手をわずかに動かす。
縁之丞の指の間へ、自分の指をそっと差し込んだ。
「……本子?」
縁之丞が繋いだ手を見下ろす。
いつもの握り方とは違う。
互いの指を絡めた、恋人繋ぎになっていた。
「今日はデートだから」
本子は前を向いたまま言う。
「いつもと少し変えてみた」
「そういうもの?」
「嫌?」
「嫌じゃない」
縁之丞も、絡めた指へ少しだけ力を込める。
「ただ」
「何?」
「前にやった時より、恥ずかしいな」
本子も同じことを思っていた。
帰り道で二人きりだった時とは違う。
周囲には多くの人がいて。
今の二人は、誰が見ても恋人同士のように見える。
「……やめる?」
本子が尋ねる。
「本子は?」
「私は、嫌じゃない」
「じゃあ、このままでいい」
「うん」
二人は互いの顔を見ないまま、指を絡めて歩いた。
服屋でも。
本屋でも。
雑貨屋でも。
結局、二人はいつもの幼馴染と変わらなかった。
けれど。
繋いだ手だけは、いつもと少し違っていた。
◇
しばらく歩き、二人は一軒の喫茶店の前で足を止めた。
本子が店の中を覗き込む。
「少し休憩する?」
「賛成」
「歩き疲れた?」
「人が多くて疲れた」
「私は、お腹空いた」
「さっき何か食べてなかった?」
「試食だけ」
「三つも食べてたぞ」
「一口ずつだから」
「合わせたら一個分くらいあるだろ」
「細かいことは気にしない」
二人は顔を見合わせ、笑った。
店へ入ろうとして。
本子は、まだ手を繋いだままだと気づく。
けれど。
すぐには離さなかった。
縁之丞も何も言わず、繋いだ手のまま扉へ手を伸ばす。
二人は並んで、喫茶店の中へ入った。
初めてのデートは。
少しずつ、いつものお出かけとは違うものになり始めていた。




