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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第14話 二人だけのルール

 恋人ごっこを始めて、数日が過ぎた。


 昼休み。


 本子は教室の後ろで友人と話している縁之丞を見つけると、そっと隣へ歩み寄った。


「縁之丞」


「ん?」


 縁之丞が振り返る。


 本子は周囲へ視線を向けた。


 近くには何人かのクラスメイトがいるが、こちらを気にしている様子はない。


 本子は少しだけ迷った後、小さな声で言った。


「恋人っぽく、手を繋いでみる?」


「学校で?」


「少しくらいなら、いいかなって」


「学校では今まで通りにするんじゃなかった?」


「そうだけど」


 本子は自分の指先を見つめる。


「恋人ごっこを始めたのに、学校では何も変わらないでしょ」


「まあな」


「だから、少しくらい試してみてもいいかなって」


 縁之丞は周囲を見回した。


 わざわざ人前でする必要もない。


 けれど、本子がこちらへ差し出しかけている手を無視するのも、何となく悪い気がした。


「少しだけな」


「うん」


 縁之丞は、机の陰でそっと手を差し出した。


 本子も、その手へ自分の手を重ねる。


 普段、人混みで繋ぐ時とは違う。


 誰かとはぐれないためではない。


 転びそうな相手を支えるためでもない。


 ただ、恋人らしいことを試すために繋いだ手だった。


「…………」


「…………」


 二人は互いの顔を見ないまま、少しだけ指へ力を込めた。


 その瞬間。


「おーい!」


 突然、クラスメイトの大きな声が響いた。


「やっぱり、お前ら付き合ってたのか!」


「違う!」


「違う!」


 二人は反射的に手を離した。


 勢いよく離しすぎて、本子の手が机の端へぶつかる。


「痛っ」


「大丈夫?」


「大丈夫」


「いや、今の反応で付き合ってないは無理だろ」


 クラスメイトは面白そうに笑っている。


「机の下で、こっそり手繋いでたよな?」


「これは、その……」


 本子が言葉に詰まる。


 恋人ごっこをしている。


 正直に説明するには、あまりにも恥ずかしい。


 縁之丞が代わりに答えた。


「幼馴染だから」


「手を繋ぐ理由になってないだろ」


「昔から繋いでるし」


「それ、毎回使ってるけど便利な言葉だよな」


「本当に幼馴染なんだから仕方ないだろ」


「はいはい」


 クラスメイトは、まったく信じていない顔で笑う。


「まあ、付き合い始めたら教えてくれよ」


「だから違うって!」


「違うから!」


 再び声を揃えて否定すると、周囲から小さな笑い声が上がった。


 縁之丞と本子は顔を赤くしたまま、互いに目を合わせる。


「……中庭行く?」


「行こう」


 二人は逃げるように教室を出た。



 いつもの中庭。


 本子はベンチへ座るなり、大きく息を吐いた。


「……恥ずかしかった」


「俺も」


「みんな、見てないと思ったのに」


「教室で手を繋いだら、誰かには見られるだろ」


「縁之丞も止めなかったじゃん」


「本子が繋ぎたいって言ったから」


「私のせいにするの?」


「俺も繋いだから、半分ずつ」


「なら許す」


 本子は少しだけ頬を膨らませた後、隣に座る縁之丞を見た。


「やっぱり、学校で恋人らしいことをするのは無理かも」


「周りの目があるしな」


「すぐに付き合ってるって言われる」


「今までも言われてたけど」


「今までは、本当に何もなかったから平気だったの」


 本子は自分の膝へ視線を落とす。


「今は恋人ごっこしてるから、否定すると少しだけ嘘をついてるみたいになる」


「確かに」


「でも、付き合ってるわけでもないし」


「説明しようとすると、余計にややこしいな」


「でしょ?」


 本子は少し考えた後、縁之丞へ尋ねる。


「私たちが恋人ごっこしてること、誰かに言う?」


 縁之丞も考える。


 恋人かどうか分からないため、試しに恋人の真似をしている。


 正直に話したところで、理解してもらえるとは思えなかった。


「言わなくていいんじゃないか?」


「どうして?」


「説明が面倒」


「それはそう」


「それに、付き合ってるって思われたら、ごっこが終わった時も説明しないといけないだろ」


「別れたのかって聞かれそうだね」


「実際は、ごっこをやめるだけだけどな」


「……別れるって言い方、ちょっと嫌だね」


 本子が小さく呟く。


「何で?」


「何となく」


「ごっこが終わるだけだろ?」


「分かってるよ」


 本子はそう答えた。


 けれど、恋人ごっこが終わる場面を想像すると、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなった。


 始めてから、まだ数日しか経っていない。


 今までと何も変わっていないと感じていたはずなのに。


 終わるという言葉だけは、妙に寂しく聞こえた。


「本子?」


「何?」


「急に黙ったから」


「何でもない」


 本子は気持ちを切り替えるように、鞄からスマートフォンを取り出した。


「やっぱり、ルールをちゃんと整理しよう」


「また増やすの?」


「実際にやってみないと分からないこともあるでしょ」


「確かに、学校で手を繋ぐのは失敗だったな」


「失敗って言わないでよ」


「じゃあ、実験?」


「恋愛を実験扱いするのも嫌」


「難しいな」


 本子は小さく笑いながら、メモアプリを開いた。



「まず一つ目」


 本子は画面へ文字を打ち込む。


「学校では、今まで通りに過ごす」


「賛成」


「恋人ごっこをしていることは、誰にも言わない」


「二人だけの秘密だな」


「秘密って言うと、少し恋人っぽいね」


「そうか?」


「誰にも言えない関係みたいで」


「言い方が怪しくない?」


「恋人ごっこしてること自体、十分怪しいよ」


「自分で言うなよ」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 本子は入力を続ける。


「二つ目」


「恋人らしいことをするのは、二人きりの時だけ」


「家とか?」


「帰り道とか」


「休日も?」


「二人だけなら」


「駅前みたいに人が多い場所は?」


「知り合いがいなければ大丈夫」


「また見つかったら?」


「その時は、幼馴染だからって言う」


「結局、それを使うんだ」


「便利だからね」


「さっきクラスメイトにも言われてたぞ」


 本子は気にせず、二つ目の規則を入力した。


「手を繋ぐのは?」


「学校ではなし」


「登下校は?」


「学校が見えない場所ならいい」


「細かいな」


「縁之丞が屁理屈を言うからだよ」


「まだ言ってないだろ」


「言う前に防いでるの」


「信用ないな」


「中学の入学式で筆箱を忘れた人だから」


「それと何の関係があるんだよ」


「普段から信用を積み重ねてください」


「はいはい」


 本子は満足そうに頷いた。



「三つ目」


 本子の表情が、少しだけ真面目になる。


「無理はしない」


「それは最初にも決めたな」


「大切だから、もう一回」


 本子は縁之丞を真っ直ぐ見た。


「嫌なことは、ちゃんと嫌って言う」


「分かった」


「本当に?」


「何で疑うんだよ」


「縁之丞、昔から変なところで我慢するから」


「そんなことないだろ」


「あるよ」


 本子は迷わず即答した。


「小学校の時、足を捻ったのに黙って歩いてた」


「あれは、帰れば治ると思ったから」


「帰っても治らなかったでしょ」


「まあな」


「中学の大会でも、手に豆ができてたのに隠してた」


「試合があったから仕方ないだろ」


「そういうところ」


 本子は少し眉を寄せる。


「私にまで我慢しなくていいからね」


 縁之丞は、本子の真剣な表情を見つめた。


「分かった」


「本当に?」


「嫌だったら、ちゃんと言う」


「約束ね」


「本子もな」


「私も?」


「本子だって、一人で悩んでから急に結論出すだろ」


「そんなこと……」


 本子は否定しようとして、言葉を止めた。


「あるかも」


「だろ?」


「気をつけます」


「よろしい」


「真似しないで」


 二人は小さく笑う。


 恋人ごっこだからといって、相手へ無理に合わせない。


 どちらかだけが我慢するような関係にはしない。


 本物の恋人がどういうものなのかは分からない。


 けれど、それだけは大切なことだと二人にも分かった。



「四つ目」


 本子が続ける。


「恋人ごっこ自体が嫌になった時も、ちゃんと言う」


「分かった」


「黙って距離を置くのは禁止」


「そんなことしないよ」


「念のため」


「本子こそ、勝手に悩んで避けるなよ」


「しないよ」


「本当に?」


「多分」


「今の流れで多分って言う?」


 本子は少し笑った後、右手の小指を差し出した。


「じゃあ、指切り」


「子供みたいだな」


「子供の頃からやってるでしょ」


「高校生だぞ」


「嫌なの?」


「嫌じゃないけど」


 縁之丞も小指を差し出す。


 二人は互いの小指を絡めた。


「嫌になったら、ちゃんと言う」


「黙って避けない」


「終わっても、幼馴染には戻る」


「約束」


 二人は声を揃え、小指を離した。


「幼馴染だから、こんなのしなくても分かると思ってたけど」


 本子が自分の小指を見つめる。


「言葉にした方が安心するね」


「そうだな」


 今までの二人なら、わざわざ約束などしなかった。


 喧嘩をしても、翌朝になれば元へ戻っていた。


 けれど。


 恋人ごっこを始めた今は、少しだけ違う。


 互いに傷つける可能性があることを、二人とも何となく理解し始めていた。



 本子はスマートフォンへ、決めた規則を書き込んでいく。


 一、学校では今まで通りに過ごす。


 二、恋人ごっこをしていることは誰にも言わない。


 三、恋人らしいことをするのは、二人きりの時だけ。


 四、嫌なことは無理にしない。


 五、やめたくなった時は、隠さずに伝える。


 縁之丞が、本子の肩越しに画面を覗き込んだ。


「結構増えたな」


「これくらい決めた方が安心でしょ」


「恋人になるのって、面倒なんだな」


「まだ、ごっこだけどね」


「本物になったら、もっと増える?」


「知らないよ」


「毎週会うとか、記念日を覚えるとか?」


「縁之丞、絶対忘れそう」


「本子が覚えてるから大丈夫」


「私がいなかったらどうするの?」


「恋人ごっこもできないな」


 本子は一瞬、縁之丞の顔を見る。


 縁之丞は、何も考えずに言ったらしい。


 その言葉に特別な意味などない。


 それでも本子は、少しだけ嬉しくなった。


「……そうだね」


「どうした?」


「何でもない」


 本子は入力を終え、保存ボタンへ指を伸ばした。


 しかし。


 画面へ触れる直前で、その指が止まる。


「……いや」


「何?」


 本子はスマートフォンを握ったまま、少し俯いた。


 これまでの規則は、二人の関係を守るためのものだった。


 無理をしない。


 隠し事をしない。


 恋人ごっこが終わっても、幼馴染へ戻る。


 けれど。


 恋人ごっこを続ける以上、もう一つだけ決めておかなければならないことがある。


 いつか。


 縁之丞か本子が、本当に別の誰かを好きになった時のこと。


 本子は少しだけ迷った後、静かに口を開いた。


「あと一つ」


 その表情は、これまでよりも真剣だった。

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