第13話 恋人らしいこと
放課後。
縁之丞と本子は、駅前のファストフード店へ来ていた。
二人で並んで席へ座り、テーブルの上へスマートフォンを置く。
本子が画面を開いた。
「恋人がすることを調べてみよう」
「また検索するのか」
「私たちだけで考えても、分からなかったでしょ」
「それはそう」
本子は検索欄へ文字を入力する。
『高校生 恋人 何をする』
表示された検索結果を、上から順番に眺めていく。
「まず、デート」
「それは昨日も言ってたな」
「二人で買い物に行ったり、映画を見たりする」
「やってる」
「遊園地に行く」
「家族と一緒に行ったことあるな」
「二人でもあるよ」
「いつだっけ?」
「中学二年生の時」
「あれ、デートだったの?」
「知らないよ」
二人とも、その時は普通に遊びへ行っただけだと思っていた。
本子は小さく首を傾げる。
「そもそも、買い物とデートの違いって何?」
「恋人同士で行くかどうか?」
「じゃあ、今から二人で買い物に行ったらデート?」
「恋人ごっこ中だから、多分」
「曖昧だね」
「曖昧だな」
早くも答えが分からなくなる。
本子は画面を下へ動かした。
「次は、食べ物や飲み物を分け合う」
「それも、いつもやってるな」
「そうだね」
その言葉を聞きながら、縁之丞はテーブルの上に置かれた本子のジュースへ手を伸ばした。
何のためらいもなくストローへ口をつけ、一口飲む。
「ちょっと」
「何?」
「勝手に飲まないでよ」
「今さら何だよ。いつも飲んでるだろ」
「そうだけど……」
本子は、縁之丞の口元とジュースのストローを交互に見つめる。
恋人として考えれば。
これは、いわゆる間接キスになるのだろうか。
以前なら、そんなことを考えもしなかった。
けれど、意識してしまった途端、同じストローへ口をつけることが少し恥ずかしくなってくる。
当の縁之丞は、まったく気にしていない様子だった。
本子は一人だけ意識していることが悔しくなり、縁之丞が持っていたハンバーガーを引き寄せる。
そのまま、大きく一口かじった。
「あっ」
「何?」
「お前も勝手に食ってるじゃん」
「これはお返し」
「一口が大きい」
「気のせい」
「半分くらい減ったんだけど」
「縁之丞の気のせいだよ」
「絶対違うだろ」
本子は何食わぬ顔で、自分のジュースへ口をつけた。
先ほど縁之丞が飲んだばかりのストロー。
少しだけ迷ったが、結局いつも通りに飲む。
「……どうした?」
「何でもない」
縁之丞は不思議そうに首を傾げた。
◇
「次」
本子は気を取り直し、再びスマートフォンへ目を向けた。
「手を繋ぐ」
「もうやってる」
「恋人繋ぎとか?」
「恋人繋ぎ?」
本子は両手の指を絡めて見せる。
「こういうの」
「なるほど」
二人は一瞬、黙り込んだ。
普通に手を繋いだことなら、数え切れないほどある。
けれど、互いの指を絡めるように繋いだことは、ほとんどなかった。
本子は、自分の指先を見つめる。
「これは、まだかも」
「試してみる?」
「今ここで?」
「嫌ならいいけど」
「嫌じゃないけど……」
本子は店内を見回した。
近くの席では、制服姿の学生や家族連れが食事をしている。
誰も二人のことなど気にしていない。
それでも、本子は手を差し出すことができなかった。
「……あとで」
「分かった」
恋人らしいことを調べ始めて、初めて。
すぐには試せない行動が見つかった。
それだけで、二人は少しだけ恋人へ近づいたような気がした。
◇
本子が検索結果をさらに読み進める。
「肩へ頭を預ける」
そう読み上げると、そのまま縁之丞の肩へ頭を乗せた。
「これは?」
「眠い時、いつもやってる」
「そうだね」
本子は頭を乗せたまま、スマートフォンの画面を見る。
確かに、これも昔から何度もしてきたことだった。
縁之丞も特に驚かず、そのまま画面を覗き込む。
いつも通り。
何も変わらない。
そう思っていたはずなのに。
今は、恋人らしい行動かどうかを確かめるためにしている。
そう考えた途端。
縁之丞は、肩に触れている本子の頭が妙に気になり始めた。
柔らかな髪が首元へ触れる。
本子の体温が、制服越しに伝わってくる。
本子もまた、いつもと変わらないはずの縁之丞の肩を、普段より近く感じていた。
「…………」
「…………」
二人とも、何も言わない。
少し前までは、同じ姿勢で長い時間ゲームをすることもできた。
それなのに今は、互いに身体の触れている場所ばかり意識してしまう。
しばらくして。
本子は何事もなかったように、縁之丞の肩から頭を離した。
「次」
「ああ」
二人とも、相手の顔を見なかった。
◇
「互いの家で一緒に過ごす」
「毎日のようにやってるな」
「部屋で漫画を読む」
「やってる」
「隣で寝転がる」
「やってる」
「同じ毛布に入る」
「冬はやってる」
「ソファで昼寝をする」
「それもある」
本子は、検索結果とこれまでの二人を照らし合わせる。
「……私たち、何でもやってるね」
「ちゅー以外は大体」
「…………」
「…………」
以前、その話をした時のことを思い出し、二人の間へ気まずい沈黙が流れた。
本子が小さく咳払いをする。
「それは、まだいい」
「俺もそう思う」
「本当の恋人になってからでいいよね」
「そうだな」
言葉にしてから。
二人とも、さらに恥ずかしくなった。
「本当の恋人になるかは、まだ分からないけどね」
本子が慌てて付け加える。
「分かってる」
「今のは、もしもの話だから」
「分かってるって」
「ならいいけど」
本子は頬を赤くしたまま、スマートフォンへ視線を戻した。
◇
本子はメモアプリを開き、これまでの結果を書き出していく。
デート。
経験あり。
手を繋ぐ。
経験あり。
食べ物や飲み物を分け合う。
経験あり。
家で一緒に過ごす。
経験あり。
肩へもたれる。
経験あり。
一緒に寝る。
経験あり。
「小さい頃だけどな」
「今でも、部屋で一緒に寝転がってるでしょ」
「寝転がるのと、一緒に寝るのは違う」
「同じようなものじゃない?」
「違う気がする」
「何が違うの?」
「分からないけど、何か違う」
本子は不思議そうに首を傾げた。
縁之丞も、自分で説明できないまま首を傾げる。
二人は改めて、画面に並んだ項目を見つめた。
恋人らしいと言われる行動は、ほとんどすべて経験している。
自分たちが恋人ではないことの方が、不思議に思えるほどだった。
「俺たち」
縁之丞が苦笑する。
「恋人になる前から、恋人みたいだったんだな」
本子も少し照れながら笑った。
「そうかもね」
「周りが勘違いするのも仕方ないな」
「今まで、ずっと否定してたけどね」
「だって、本当に付き合ってなかっただろ」
「今も付き合ってはいないよ」
「ごっこだからな」
「うん」
恋人ではない。
けれど、普通の幼馴染とも少し違う。
二人の関係は、以前よりも説明することが難しくなっていた。
本子は再び画面を下へ動かす。
「他には……」
次の瞬間。
本子の指が止まった。
「…………」
画面には、恋人同士がする、もう少し大人向けのことについて書かれていた。
本子の顔が一気に赤くなる。
慌ててスマートフォンを胸元へ隠した。
「どうした?」
「何でもない!」
「急に隠すなよ」
「見ちゃ駄目!」
「何で?」
「その……」
本子は視線を泳がせる。
「高校生には、まだ早いというか……」
「早い?」
「その……共同作業的な」
「共同作業?」
「…………」
本子は、自分が何を口走ったのか理解した。
耳まで真っ赤になる。
「あ……」
縁之丞も、本子の反応を見て何となく察した。
「…………」
「…………」
二人は揃って顔を背けた。
本子は画面を閉じ、スマートフォンを裏返してテーブルへ置く。
「仕切り直そう」
「そうだな」
「今のは忘れて」
「分かった」
「絶対だよ」
「分かったって」
「共同作業って言ったことも忘れて」
「自分からもう一回言ってるけど」
「あっ」
本子は両手で顔を覆った。
「もう帰りたい……」
「まだポテト残ってるぞ」
「縁之丞が食べて」
「じゃあ、もらう」
「本当に食べるんだ」
「くれたんだろ」
本子は顔を隠したまま、小さく笑った。
縁之丞もポテトを食べながら、つられて笑う。
少しずつ、気まずさが薄れていった。
◇
「でもさ」
しばらくして、縁之丞が口を開いた。
「何?」
「何で俺たち、こんなに恋人みたいなことをしてたのに、今まで何とも思わなかったんだろうな」
本子も少し考え込む。
「何でだろう」
「やっぱり、ずっと一緒だったからじゃないか?」
「一緒だったね」
「赤ん坊の頃から知ってるし」
「お互いの家族も知ってる」
「だから、家族みたいな感覚だったんだよ」
「あっ」
本子が何かに気づいたように顔を上げた。
「分かった」
「何が?」
「私の方がお姉ちゃんだよ」
「何でそうなる」
「私の方が三か月早く生まれたし」
「そこじゃない」
「じゃあ、縁之丞がお兄ちゃん?」
「そういう話でもない」
「違うの?」
「違う」
二人は顔を見合わせ、笑った。
今までと同じ会話。
今までと同じ距離。
していることも、何一つ変わっていない。
それでも。
恋人として相手を意識した瞬間から。
同じ行動に、少しずつ別の意味が加わり始めていた。
縁之丞の肩へ頭を預けることも。
同じストローへ口をつけることも。
これまでなら、ただの普通だった。
けれど今は。
その普通の中に、以前はなかった小さな緊張が混ざり始めていた。




