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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus


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第12話 変わらない毎日

 恋人ごっこを始めた翌朝。


 縁之丞が家を出ると、いつもの待ち合わせ場所に本子が立っていた。


「おはよう」


「おはよう」


 二人は並んで学校へ向かう。


 昨日から、二人は恋人ごっこを始めた。


 幼馴染でありながら、二人きりの時だけ恋人として振る舞う。


 そう決めたはずだった。


 けれど。


 歩く位置も。


 会話の内容も。


 互いの距離も。


 昨日までと、何一つ変わっていなかった。


「昨日の宿題、やった?」


 本子が尋ねる。


「一応」


「本当に?」


「何で疑うんだよ」


「昨日、帰ったらやるって言ってたから」


「ちゃんとやったよ。寝る前に」


「何時?」


「十二時くらい」


「ぎりぎりじゃん」


「出せればいいだろ」


「よくないよ」


 交わしている会話も、いつも通りだった。


 本子は隣を歩く縁之丞の横顔を、ちらりと見上げる。


「ねえ」


「何?」


「私たち、恋人ごっこ始めたんだよね?」


「昨日からな」


「そうなんだけど」


 本子は少し考えてから尋ねた。


「何か変わった?」


 縁之丞も考えてみる。


 昨日の帰り道では、恋人として手を繋いだ。


 その時は少しだけ緊張した。


 けれど、一晩経って再び並んで歩いてみれば、何も変わったようには感じない。


「特に」


「だよね」


 二人は揃って首を傾げた。


 本子はいつものように、縁之丞の制服の袖を摘まむ。


 信号へ近づけば、自然と隣へ寄る。


 縁之丞は、何も考えず道路側へ回った。


「これって、恋人らしい?」


 本子が尋ねる。


「何が?」


「縁之丞が道路側を歩くこと」


「昔からやってるだろ」


「そうだけど」


「本子、たまに車道へ寄るから危ないんだよ」


「子供じゃないよ」


「この前も、話しながら白線踏んでただろ」


「見てたんだ」


「隣にいるからな」


「そっか」


 本子は少しだけ嬉しそうに笑う。


 だが、すぐに小さく息を吐いた。


「やっぱり、昔からだね」


「そうだな」


 恋人だから道路側を歩いているわけではない。


 本子を守ろうと特別に意識したわけでもない。


 幼い頃から繰り返してきた、ただの習慣だった。


 しばらく歩いたあと。


 本子は右手を縁之丞の前へ差し出した。


「じゃあ、手を繋いでみる?」


「朝から?」


「学校へ着く前なら、二人きりでしょ」


「人はいるけどな」


「知り合いはいないから大丈夫」


「昨日決めた規則、さっそく細かいな」


「縁之丞が屁理屈を言うからだよ」


 本子は手を差し出したまま待っている。


 縁之丞は苦笑しながら、その手を握った。


 二人は手を繋いだまま、再び歩き始める。


「どう?」


 本子が尋ねる。


「何が?」


「恋人っぽい?」


「まあ、見た目は」


「気持ちは?」


「昨日ほど緊張しない」


「私も」


「もう慣れたのか?」


「昔から繋いでるからじゃない?」


「やっぱり、それか」


 二人は繋いだ手を見下ろす。


 昨日は、恋人として初めて握った手だと思っただけで、妙に意識した。


 けれど今朝は、いつもの手に戻っている。


 温かさも。


 握り方も。


 二人の間にある距離も。


 昔から、何度も繰り返してきたものだった。


「別に普通だな」


「普通だね」


 それでも二人は、学校が見える場所まで手を離さなかった。



 昼休み。


 二人はいつもの中庭のベンチで、向かい合って弁当を食べていた。


 学校では今まで通り。


 そう決めたため、恋人らしく振る舞うつもりはない。


 だが、意識してみれば、普段の行動のどこまでが幼馴染らしく、どこからが恋人らしいのか分からなかった。


 本子が、縁之丞の弁当を覗き込む。


「今日、唐揚げ入ってる」


「欲しいの?」


「一個だけ」


「自分の弁当にもあるだろ」


「縁之丞の方が大きい」


「同じくらいだろ」


「こっちの方が大きいよ」


 本子は、縁之丞の弁当へ身を乗り出した。


 真剣に唐揚げを見比べている。


「そんなに見ても変わらないぞ」


「少しだけ違う」


「仕方ないな」


 縁之丞は唐揚げを一つ、本子の弁当へ移した。


「ありがとう」


 本子も自分の卵焼きを一つ、縁之丞の弁当へ入れる。


「お返し」


「ありがとう」


 二人はそのまま食事を続ける。


 しばらくして、本子が首を傾げた。


「これって、恋人っぽい?」


「弁当のおかずを交換することが?」


「うん」


「幼稚園の頃からやってる」


「だよね」


「この前もやったし」


「縁之丞、私の卵焼き好きだもんね」


「本子のお母さんが作った卵焼きな」


「そこは私が作ったことにしてよ」


「作ってないだろ」


「気持ちの問題」


「嘘はよくない」


 本子は少し不満そうに頬を膨らませた。


 だが、すぐに何かを思いついたように顔を上げる。


「じゃあさ」


「何?」


「食べさせ合いっこなら、恋人らしいんじゃない?」


「食べさせ合い?」


「ほら。あーんって」


 縁之丞は周囲を見回した。


 中庭には、他にも弁当を食べている生徒がいる。


「学校では今まで通りって決めただろ」


「あ」


 本子は自分たちで決めた規則を思い出し、動きを止めた。


「そうだった」


「初日から破るところだったな」


「縁之丞が止めなかったら、危なかったね」


「俺がやらされる側だったんだけど」


 本子は卵焼きを一つ、箸で摘まむ。


 それを縁之丞の口元へ運ぼうとして、途中で止めた。


「……でも、二人きりならやる?」


「本当に?」


「恋人らしいことを試すんでしょ」


「まあ、そうだけど」


 本子は自分で言っておきながら、少しずつ顔を赤くする。


 縁之丞も、卵焼きを差し出される場面を想像した。


「普通に恥ずかしくないか?」


「私も今、そう思った」


「じゃあ、やめる?」


「今日はやめよう」


 本子は何事もなかったように、卵焼きを自分の口へ運んだ。


「美味しい」


「俺の分だったんじゃないの?」


「やめるって言ったから」


「食べたかった」


「じゃあ、自分の食べて」


「味が違うんだよ」


 二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。


 恋人らしいことを思いついても。


 いざ試そうとすると、恥ずかしくてできない。


 そして、普段通りにしていれば、昨日までと何も変わらない。


 昼休みも、恋人ごっこを始めた実感は得られなかった。



 放課後。


 縁之丞が鞄へ教科書を入れていると、突然、視界が暗くなった。


 背後から伸びてきた両手が、縁之丞の目を覆っている。


「だーれだ」


「うわっ!」


 縁之丞の肩が大きく跳ねた。


「だから、急にやるなって!」


「私以外に誰がいるの?」


「分かってても驚くんだよ」


「剣道では強いのにね」


「本子が静かすぎるんだよ」


「普通に歩いてきただけだけど?」


「絶対嘘だろ」


 本子は楽しそうに笑う。


 目を覆ったまま、縁之丞の背中へ軽く身体を預けた。


「これ、恋人らしい?」


「どこが?」


「後ろから抱きついてるみたいじゃない?」


「いつもやってるだろ」


「そうだね」


 本子はあっさりと手を離した。


 離れたことが、なぜか少しだけ物足りない。


 けれど、縁之丞も本子も、その理由までは考えなかった。


 二人は鞄を持ち、いつものように並んで教室を出る。


 学校へ来るのも一緒。


 昼を食べるのも一緒。


 帰るのも一緒。


 手を繋いでも。


 弁当を分けても。


 抱きつくように触れても。


 昨日までと、何も変わらなかった。


「恋人ごっこ、始まった感じしないね」


 本子が、少しだけ不満そうに呟く。


「確かに」


「もっと何か変わると思ってた」


「何かって?」


「分からないけど」


「急に胸がドキドキするとか?」


「朝、手を繋いだ時は普通だったね」


「弁当を交換した時も普通だった」


「さっき抱きついた時は?」


「いつもの本子だった」


「そっか」


 本子は少しだけ肩を落とした。


「残念なの?」


「別に」


「今、明らかに残念そうだったけど」


「縁之丞こそ、何も変わらなくて残念じゃないの?」


「それは……」


 縁之丞は答えに詰まる。


 恋人ごっこを始めたら、何かが変わると思っていた。


 本子を見るだけで緊張したり。


 手を繋いだだけで胸が高鳴ったり。


 自分たちの気持ちが、すぐに分かったり。


 けれど、現実は何も変わらない。


 今まで通りに並んで歩き、今まで通りにくだらない話をしている。


「少しは変わると思ってた」


 縁之丞が正直に答える。


「私も」


「でも、何をしたら変わるんだろうな」


「手を繋ぐだけじゃ駄目だったし」


「飯を分けるのも、いつも通りだった」


「抱きつくのも?」


「いつも通り」


「じゃあ……」


 本子は腕を組み、真剣な表情で考える。


 縁之丞も一緒になって考えた。


 しかし。


 恋人になった経験のない二人に、答えなど分かるはずもなかった。


「なあ、本子」


「何?」


「恋人って」


 縁之丞は、真剣な表情で尋ねる。


「一緒に何するんだろうな」


 本子も答えられず、首を傾げた。


 恋人ごっこは始まった。


 けれど二人はまだ、恋人が何をするものなのかさえ知らなかった。

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