SS 第7話 初めてのキス
画面の中で。
二人のキャラクターが。
再び力尽きた。
――クエスト失敗。
大きな文字が表示される。
けれど。
縁之丞も本子も。
先ほどのように言い合わなかった。
「……」
「……」
二人の肩は。
触れたままだった。
ゲームの結果よりも。
隣にいる相手の体温の方が。
ずっと気になっていた。
本子は。
しばらく画面を見つめた後。
手にしていたコントローラーを床へ置く。
「ゲーム、やめない?」
「いいけど」
縁之丞も。
コントローラーを置いた。
「じゃあ、何する?」
「知らない」
「本子がやめようって言ったんだろ」
「縁之丞とゲームしてても」
「全然、集中できないんだもん」
「それは俺もだけど」
「じゃあ、他のことしようよ」
「だから」
縁之丞は。
本子を見る。
「何するの?」
「知らない」
「何も考えてないじゃん」
「縁之丞が考えて」
「また俺任せ?」
「恋人だから」
「その言葉、便利に使いすぎだろ」
本子は。
小さく笑った。
けれど。
それ以上の言葉は続かなかった。
◇
ゲームを止めると。
部屋の中が、急に静かになった。
先ほどまでは。
魔物の咆哮や。
武器を振る音が響いていた。
今は。
階下から聞こえてくる。
清之丞と楓の話し声だけ。
扉は。
楓に言われたとおり。
少しだけ開けたままになっている。
二人きりではある。
けれど。
完全に二人だけではない。
それなのに。
ゲームをしていた時よりも。
ずっと緊張していた。
「……何か話してよ」
本子が言う。
「さっきも聞いた」
「だって、間が持たないんだもん」
「本子が話せばいいだろ」
「何を?」
「知らない」
「また同じ会話してるね」
「ああ」
二人は。
少しだけ笑う。
そして。
再び黙り込んだ。
肩は。
今も触れている。
離れようと思えば。
すぐに離れられる。
けれど。
どちらも動かなかった。
◇
縁之丞は。
床へ置いていた手を。
僅かに動かした。
すぐ隣には。
本子の手がある。
小さく伸ばせば届く距離。
放課後。
恋人繋ぎをした。
駅前でも。
帰り道でも。
何度も手を繋いだ。
それなのに。
二人きりの部屋で。
改めて手を伸ばすことは。
今までよりも難しく感じた。
縁之丞の小指が。
本子の指先へ触れる。
本子の肩が。
僅かに揺れた。
「ごめん」
縁之丞が。
反射的に手を離そうとする。
けれど。
本子が。
その手を追いかけた。
縁之丞の指へ。
自分の指を重ねる。
「何で謝るの?」
「驚いたかと思って」
「少しだけ」
「じゃあ、離す?」
本子は。
縁之丞の手を握った。
「離さない」
「どっちなんだよ」
「驚いたけど」
本子は。
繋いだ手を見つめる。
「嫌じゃないから」
縁之丞も。
本子の手を握り返した。
◇
ただ。
手を繋いでいる。
学校からの帰り道でも。
何度もしたこと。
けれど。
今は。
誰も見ていない。
歩いてもいない。
はぐれる心配もない。
繋ぐ理由は。
相手へ触れていたいから。
それだけだった。
「ねえ」
本子が口を開く。
「何?」
「もう少し」
「近くに行ってもいい?」
縁之丞の心臓が。
大きく跳ねた。
「聞くんだ」
「だって」
本子は。
頬を赤くしながら答える。
「勝手に近づいたら」
「縁之丞が困るかもしれないし」
「今までは勝手に来てたじゃん」
「今は違うの」
「何が?」
「恋人だから」
また。
同じ言葉。
けれど。
今度は。
都合よく使っているわけではなかった。
本子にとって。
幼馴染と恋人は。
同じように近くても。
まったく違うものになっていた。
「来れば?」
縁之丞が答える。
「本当に?」
「ああ」
本子は。
繋いだ手を離さないまま。
少しずつ身体を寄せた。
二人の肩が。
先ほどよりも深く触れ合う。
太腿も。
僅かに重なった。
それだけで。
二人の呼吸が。
少しだけ浅くなる。
◇
本子は。
ゆっくりと。
縁之丞の肩へ頭を預けた。
柔らかな髪が。
縁之丞の頬へ触れる。
「これなら」
本子が。
小さな声で言う。
「前もやってたね」
「ああ」
「ゲームしてる途中で眠くなって」
「何回も寄りかかってた」
「縁之丞の肩」
「意外と寝やすいんだよ」
「褒めてる?」
「褒めてる」
「そうは聞こえないけど」
本子は。
肩へ頭を預けたまま。
小さく笑った。
「でも」
縁之丞が言う。
「今は、意味が違う」
本子の笑い声が止まる。
「うん」
「前は」
縁之丞は。
少しだけ言葉を探した。
「本子が勝手に寄りかかってきただけだった」
「今も、私から来たよ」
「そうだけど」
「今は」
縁之丞は。
繋いでいる手へ力を込める。
「俺も」
「本子に近くにいてほしいと思ってる」
本子は。
何も答えなかった。
ただ。
縁之丞の肩へ。
さらに身体を預ける。
「本子?」
「顔、見ないで」
「見えないよ」
「今」
「すごく赤いから」
「俺も赤い」
「知ってる」
「見えてないだろ」
「声で分かる」
本子は。
肩へ顔を隠したまま。
幸せそうに笑った。
◇
縁之丞は。
繋いでいない方の腕を。
ゆっくりと持ち上げた。
その手を。
本子の肩へ回す。
本子の身体が。
僅かに強張った。
「嫌?」
縁之丞が尋ねる。
本子は。
小さく首を横へ振る。
「嫌じゃない」
「じゃあ」
「このままでいい?」
「うん」
縁之丞は。
本子の肩を抱き寄せた。
本子の身体が。
縁之丞の胸元へ触れる。
抱きしめたことなら。
これまでにもあった。
本子が突然抱きついてきたり。
恋人のふりをして。
互いの身体へ腕を回したこともある。
けれど。
今は。
何かのふりではない。
本子が好きだから。
縁之丞は抱きしめている。
本子も。
繋いでいた手を離し。
縁之丞の背中へ。
そっと腕を回した。
「近い」
本子が呟く。
「本子が来たんだろ」
「縁之丞が抱きしめたんじゃん」
「嫌なら離れるけど」
「嫌って言ってない」
本子の腕へ。
少しだけ力が入る。
「もう少し」
「このままがいい」
「ああ」
二人は。
互いの体温を確かめるように。
静かに抱きしめ合った。
◇
やがて。
本子が。
ゆっくりと顔を上げた。
縁之丞も。
僅かに腕の力を緩める。
身体は、少し離れた。
けれど。
互いの腕は。
相手へ回されたまま。
顔だけが。
すぐ近くにあった。
「……」
「……」
目が合う。
本子の頬は。
真っ赤に染まっている。
縁之丞も。
自分の顔が熱くなっていることを感じていた。
相手の呼吸が。
聞こえるほど近い。
本子の視線が。
一瞬だけ。
縁之丞の唇へ落ちる。
すぐに。
目へ戻った。
縁之丞も。
同じように。
本子の唇を見てしまう。
「本子」
「何?」
「その……」
「うん」
何を言えばいいのか。
分からなかった。
してもいいか。
聞くべきなのか。
それとも。
まだ早いのか。
迷っている間にも。
本子の顔が。
ほんの少し近づく。
縁之丞も。
逃げなかった。
「……嫌なら」
縁之丞が。
小さな声で言う。
「嫌じゃない」
本子は。
最後まで言わせずに答えた。
「縁之丞は?」
「嫌じゃない」
「じゃあ」
本子の声が。
僅かに震える。
「してもいいよ」
どちらからともなく。
二人は目を閉じた。
◇
唇が。
ほんの一瞬だけ触れた。
触れたと気づいた時には。
すでに離れていた。
短く。
確かめるような。
初めてのキス。
二人は。
抱きしめ合ったまま。
ゆっくりと目を開けた。
「……」
「……」
互いの顔が。
さらに赤くなっていく。
本子が。
自分の唇へ。
そっと指を触れた。
「……したね」
「ああ」
「ちゅー」
「したな」
本子は。
まだ信じられないような顔で。
縁之丞を見る。
「ファーストちゅーだったね」
「いや」
縁之丞が。
すぐに否定する。
「前にもしただろ」
「してない」
「した」
「してないよ」
「五歳くらいの時」
「してない!」
本子は。
顔を真っ赤にして否定した。
「絶対した」
「してないって!」
「本子からしてきたと思う」
「嘘!」
「嘘じゃない」
「覚えてないもん!」
「覚えてないだけだろ」
本子は。
縁之丞の胸を、軽く叩いた。
「それは、数えないの!」
「何で?」
「子どもの頃だから!」
「ちゅーは、ちゅーだろ」
「違うの!」
本子は。
縁之丞の制服を掴みながら。
必死に訴える。
「あの時は」
「恋人じゃなかったでしょ!」
「今も幼馴染ではあるけど」
「恋人でもある」
「だから」
本子は。
自分の唇へ触れたまま。
小さな声で言った。
「恋人としてのファーストちゅーは」
「今日なの」
縁之丞は。
真っ赤になった本子を見る。
「そんな分け方する?」
「する」
「誰が決めたの?」
「私」
「また本子の決まり?」
「うん」
本子は。
少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「だから」
「今日が、私たちのファーストちゅー」
「分かったよ」
縁之丞が答える。
「本子がそう言うなら」
「今日が初めてでいい」
「何、その言い方」
「本子が面倒だから」
「面倒って言わないでよ」
二人は。
顔を見合わせる。
そして。
恥ずかしさに耐え切れず。
ほとんど同時に視線を逸らした。
◇
「ねえ」
本子が。
小さな声で尋ねる。
「何?」
「もう一回、する?」
縁之丞の身体が。
僅かに固まる。
「本子がしたいなら」
「何で私に決めさせるの?」
「本子が聞いたから」
「縁之丞は」
本子は。
真っ直ぐに縁之丞を見る。
「もう一回、ちゅーしたくないの?」
縁之丞は。
すぐには答えられなかった。
恥ずかしい。
緊張する。
さっきの感触を思い出すだけで。
心臓が大きく鳴る。
それでも。
答えは決まっていた。
「したい」
本子の目が。
僅かに見開かれる。
「本当に?」
「ああ」
「もう一回」
縁之丞は。
本子を真っ直ぐに見つめる。
「本子と、キスしたい」
本子の頬が。
さらに赤く染まる。
「キスじゃなくて」
「ちゅー」
「どっちでも同じだろ」
「違うよ」
「何が違うの?」
「ちゅーの方が恥ずかしくない」
「言ってる本子が」
「一番恥ずかしそうだけど」
「うるさい」
本子は。
縁之丞の制服を。
胸元で、そっと掴んだ。
「でも」
「私も」
「もう一回、ちゅーしたい」
一度目は。
どちらからともなく。
流されるように唇を重ねた。
けれど。
今度は違う。
縁之丞が。
本子の頬へ。
ゆっくりと手を添える。
本子も。
縁之丞の肩へ手を置いた。
二人は。
互いの目を見たまま。
少しずつ。
自分たちの意思で。
もう一度。
顔を近づけていった。




