SS 第6話 二人きり
縁之丞の部屋へ入る。
本子にとっては。
何度も訪れたことのある場所だった。
机の位置も。
本棚に並んでいる漫画も。
ゲーム機の置かれている場所も知っている。
以前なら。
自分の部屋のように入り。
何も言わず、床へ座っていた。
けれど。
今日は。
部屋の中央で、立ち止まってしまう。
「どうしたの?」
縁之丞が尋ねる。
「別に」
「座れば?」
「うん」
本子は。
少しだけ迷った後。
テレビの前へ腰を下ろした。
縁之丞も。
その隣へ座る。
ただし。
二人の間には。
一人分ほどの距離が空いていた。
◇
「何する?」
縁之丞が。
ゲームソフトの一覧を見る。
「いつものやつ」
「いつものって?」
「モンスターハンティング」
「ああ」
以前にも。
二人で遊んだゲームだった。
架空の異世界で冒険者となり。
巨大な魔物を狩る。
あの時は。
本子が当然のように縁之丞の足の間へ座り。
背中を胸元へ預けながら遊んでいた。
清之丞と楓に。
夫婦のようだと、からかわれても。
本子は離れなかった。
けれど。
今は。
肩が触れることさえない。
「始めるよ」
「うん」
二人は。
それぞれコントローラーを持った。
装備を整え。
クエストを選ぶ。
「これでいい?」
「いいよ」
「前に失敗したやつ」
「今度は成功させる」
「本子が勝手に突っ込まなければね」
「縁之丞が、ちゃんと守ってくれれば大丈夫」
「また俺任せ?」
「恋人だから」
「何でも、それで通そうとするなよ」
本子は。
小さく笑う。
少しだけ。
いつもの調子へ戻れた気がした。
◇
クエストが始まる。
二人のキャラクターが。
巨大な魔物の待つ場所へ向かう。
「いた」
「先に準備しろよ」
「分かってる」
「本当に?」
「縁之丞よりは分かってる」
「この前、真っ先に倒れたの誰だっけ?」
「忘れた」
「都合よすぎるだろ」
本子のキャラクターが。
魔物へ近づいていく。
「右から来るぞ」
「見えてる」
「避けろよ」
「分かってるって」
魔物が。
大きく腕を振り上げる。
いつもなら。
本子は攻撃の隙を見て。
すぐに回避していただろう。
けれど。
今日は。
隣にいる縁之丞のことが。
妙に気になった。
少し離れている。
それでも。
手を伸ばせば届く距離。
横顔を見ようと思えば。
すぐに見られる距離。
そのことばかりを考えてしまう。
「あ」
回避が遅れた。
本子のキャラクターが。
魔物の攻撃をまともに受ける。
「何してるんだよ!」
「ちょっと間違えた」
「回復しろ!」
「今やってる!」
慌てて操作する。
けれど。
回復薬を選ぶつもりが。
別の道具を使ってしまった。
「何で砥石使ってるの?」
「間違えた!」
「今、武器研いでる場合じゃないだろ!」
「うるさい!」
直後。
本子のキャラクターが倒された。
――力尽きました。
「早すぎるだろ」
「縁之丞が話しかけるから」
「俺のせい?」
「半分くらい」
「前も聞いたな、それ」
◇
本子の失敗を笑っていた縁之丞も。
すぐに魔物の攻撃を受けた。
「縁之丞、後ろ!」
「分かってる!」
「全然分かってない!」
「避けるから!」
縁之丞は。
回避しようとして。
間違えて攻撃ボタンを押した。
キャラクターが。
魔物へ向かって突っ込んでいく。
「あ」
「何してるの?」
「間違えた」
「私のこと笑えないじゃん」
「今のはコントローラーが悪い」
「物のせいにしないでよ」
魔物の攻撃が直撃する。
縁之丞のキャラクターも。
その場へ倒れた。
――力尽きました。
二人は。
しばらく画面を見つめる。
「全然集中できないね」
本子が呟く。
「ああ」
「前は、もっと上手かったよね?」
「本子は前から下手だったけど」
「縁之丞よりは上手いよ」
「それはない」
「ある」
普段なら。
ここから、どちらが悪いかで言い合いになる。
けれど。
今日は。
会話がそこで途切れた。
◇
ゲームの音だけが。
部屋へ響く。
本子は。
コントローラーを持ったまま。
画面を見ていた。
縁之丞も。
同じように、正面を向いている。
「……何か話してよ」
本子が言う。
「本子が話せよ」
「何を?」
「知らない」
「知らないのに、私に話せって言うの?」
「本子が言い出したんだろ」
「縁之丞の部屋なんだから」
「縁之丞が話題を出して」
「自分の部屋なら、話題を出さないといけないの?」
「今、決めた」
「また勝手な決まり?」
「うん」
それでも。
縁之丞から話題は出てこなかった。
本子も。
何を話せばいいのか分からない。
学校のこと。
クラスメイトたちのこと。
今日のデートのこと。
話したいことは。
いくらでもあるはずだった。
けれど。
二人きりの部屋で。
隣に恋人が座っている。
そう思うだけで。
言葉が出てこなかった。
◇
以前は。
同じ部屋で眠ることさえできた。
本子が。
縁之丞の布団へ潜り込んでも。
肩を寄せ合って眠っても。
二人とも。
今ほど緊張していなかった。
恋人のように振る舞っていた頃は。
すべてが、ごっこだった。
触れたところで。
手を繋いだところで。
抱きついたところで。
本当の意味はないのだと。
どこかで思っていた。
けれど。
今は違う。
縁之丞は。
本子のことが好きで。
本子も。
縁之丞のことが好きだった。
同じ部屋にいることも。
隣に座ることも。
互いへ触れることも。
全部。
恋人同士の行動になってしまう。
「前は」
本子が、小さく口を開く。
「もっと近くに座ってたね」
「ああ」
「私」
「縁之丞の足の間にいたよね」
「ああ」
「よく平気だったよね」
「本子が勝手に座ったんだろ」
「縁之丞も、どけなかったじゃん」
「どけって言っても、動かなかったから」
「本当に嫌なら」
「無理やり動かせたでしょ」
縁之丞は。
答えなかった。
嫌ではなかった。
むしろ。
本子の背中が胸元に触れていることを。
当たり前のように受け入れていた。
「今は?」
本子が尋ねる。
「何が?」
「今、同じことしたら」
「嫌?」
縁之丞の手が。
コントローラーの上で止まる。
「嫌じゃない」
「じゃあ、する?」
「今?」
「今」
縁之丞は。
本子を見る。
本子も。
少し頬を赤くしながら。
縁之丞を見返していた。
「……やっぱり、やめとく」
本子は。
すぐに前へ向き直る。
「何で?」
「恥ずかしいから」
「本子が言い出したんだろ」
「言うだけならできるの」
「実際にするのは違う」
「面倒だな」
「縁之丞もでしょ」
「否定はしない」
二人は。
小さく笑った。
◇
もう一度。
クエストを始める。
本子は。
先ほどよりも。
少しだけ縁之丞の近くへ座った。
縁之丞も。
何も言わず。
僅かに本子の方へ身体を寄せる。
二人の間にあった。
一人分の距離が。
半分ほどになる。
「始めるよ」
「うん」
「今度は集中しろよ」
「縁之丞もね」
再び。
巨大な魔物との戦いが始まる。
「右!」
「分かってる!」
「回復して!」
「今やってる!」
「また砥石選んでるよ!」
「間違えた!」
本子が慌てて。
コントローラーを動かす。
その時。
肩が。
縁之丞の肩へ触れた。
二人の身体が。
同時に止まる。
「……」
「……」
肩が触れている。
ただ、それだけ。
以前なら。
何も気にしなかった距離。
けれど。
今は。
触れた場所から。
互いの体温が伝わってくる。
「避けないの?」
本子が尋ねる。
「本子が避ければ?」
「縁之丞が避けてよ」
「嫌だ」
本子が。
僅かに目を見開く。
「何で?」
「このままでいいから」
本子は。
何も答えなかった。
ただ。
肩を離さないまま。
少しだけ。
縁之丞へ身体を寄せた。
その瞬間。
画面の中では。
二人のキャラクターが。
同時に魔物の攻撃を受けていた。
――力尽きました。
「あ」
「また負けた」
「本子が近づくからだろ」
「縁之丞が避けないからでしょ」
「でも」
本子は。
縁之丞の肩へ触れたまま。
小さく笑った。
「さっきよりは、近くなったね」
縁之丞も。
繋がっている肩へ。
僅かに力を預ける。
「ああ」
クエストには。
また失敗した。
けれど。
二人の間に空いていた距離は。
少しずつ。
確かに、なくなり始めていた。




