SS 第4話 本当の初デート
放課後。
縁之丞と本子は。
指を絡めたまま、駅前へ向かって歩いていた。
学校から家へ帰るなら。
いつもとは反対の方向。
朝。
クラスメイトたちに言われた。
付き合ってから、初めてのデート。
まだ。
正式に行くと決めたわけではなかった。
けれど。
どちらからともなく。
いつもの帰り道を外れていた。
「これって」
本子が口を開く。
「デートでいいんだよね?」
「たぶん」
「たぶんって何?」
「放課後に二人で出かけるだけなら」
「今までも何回もしてるだろ」
「今までは、幼馴染としてでしょ」
「恋人のふりもしてたけど」
「今日は違うよ」
本子は。
絡めた指へ、僅かに力を込める。
「本当の恋人として」
「初めてのデート」
縁之丞の手が。
僅かに強張った。
「改めて言うなよ」
「何で?」
「緊張するから」
「私も緊張してるよ」
「じゃあ言わなきゃいいだろ」
「縁之丞にも緊張してほしかったから」
「性格悪いな」
本子は。
楽しそうに笑った。
◇
二人が最初に入ったのは。
駅前にある喫茶店だった。
以前にも。
何度か一緒に訪れたことがある。
落ち着いた店内。
窓際には。
二人で座れるソファ席が並んでいる。
恋人のふりをしていた頃なら。
何も考えず。
同じ側へ並んで座っていただろう。
けれど。
今日は。
二人とも、ほとんど同時に。
向かい側の椅子へ座った。
「何で、そっちなの?」
本子が尋ねる。
「本子も向かいに座っただろ」
「縁之丞が先に座ったから」
「俺が座る前から、そっちに行ってたじゃん」
「じゃあ」
本子は。
隣に空いたソファを見る。
「こっち来る?」
「本子が来れば?」
「またそれ?」
「何が?」
「朝からずっと」
「縁之丞が来ればいいじゃん」
「本子が来いよ」
「恋人なんだから、縁之丞から」
「その決まり、まだ続いてるの?」
「ずっと続くよ」
結局。
二人は。
向かい合わせのまま座ることになった。
◇
本子は。
苺の乗ったケーキと。
ミルクティーを注文した。
縁之丞は。
チョコレートケーキと、アイスコーヒー。
注文した品が運ばれてくると。
本子は。
縁之丞のケーキへ視線を向けた。
「それ、美味しそう」
「一口食べる?」
「いいの?」
「昼も俺の唐揚げ食べただろ」
「あれは、縁之丞がくれたから」
「今もあげるって言ってるじゃん」
「そうだけど」
本子は。
自分のフォークを持つ。
けれど。
縁之丞の皿へ伸ばしかけて。
途中で止めた。
「何?」
「自分で取っていいの?」
「いいよ」
「縁之丞が食べさせてくれるんじゃないの?」
「何でそうなるんだよ」
「恋人だから」
「便利に使いすぎだろ」
「嫌?」
本子が。
少しだけ首を傾げる。
縁之丞は。
チョコレートケーキへフォークを入れた。
一口分を切り。
そのまま、本子へ差し出す。
「ほら」
本子が。
目を丸くする。
「本当にするの?」
「本子が言ったんだろ」
「そうだけど」
店内にいる客は。
誰も二人のことなど見ていない。
それでも。
本子は、周囲を確認する。
「早くしろよ」
「待って」
「何を?」
「心の準備」
「ケーキ食べるだけだろ」
「恋人に食べさせてもらうのは違うの」
「何が違うんだよ」
本子は。
頬を赤くしながら。
ゆっくりと口を開けた。
縁之丞も。
できるだけ意識しないように。
フォークを近づける。
本子が。
ケーキを口へ入れる。
その瞬間。
二人の目が合った。
縁之丞は。
慌ててフォークを戻す。
本子も。
急いでケーキを飲み込んだ。
「どう?」
「美味しい」
「そっか」
「縁之丞、顔赤いよ」
「本子もだろ」
「私はケーキが甘かったから」
「関係ある?」
「ある」
「絶対ないだろ」
◇
「じゃあ」
本子は。
今度は自分の苺のケーキを切る。
「縁之丞も食べる?」
「自分で取る」
「駄目」
「何で?」
「私だけ食べさせてもらったら」
「不公平だから」
「何が不公平なんだよ」
「いいから」
本子は。
フォークを縁之丞へ向ける。
「はい」
縁之丞は。
目の前へ差し出されたケーキを見る。
本子が使ったフォーク。
さっき。
自分が食べさせた時よりも。
妙に恥ずかしい。
「食べないの?」
「食べる」
「早く」
「急かすなよ」
縁之丞は。
少しだけ身を乗り出し。
ケーキを口へ入れた。
本子の顔が近い。
甘い味よりも。
そのことばかりが気になった。
「どう?」
「甘い」
「ケーキだからね」
「美味しい」
「最初から、そう言ってよ」
本子は。
満足そうに笑う。
それから。
二人とも。
同じフォークを使ったことへ気づいた。
「これって」
本子が呟く。
「間接キス?」
縁之丞の動きが止まる。
「言わなくていいだろ」
「縁之丞も気づいてた?」
「今、気づいた」
「嘘」
「本当」
「じゃあ、何で赤いの?」
「本子が言うからだよ」
「そっか」
本子は。
さらに頬を赤くしながら。
フォークを皿へ置いた。
恋人のふりをしていた頃なら。
相手の飲み物を、勝手に一口飲んだこともあった。
けれど。
今は。
同じフォークを使っただけで。
二人とも、その後しばらく会話ができなかった。
◇
喫茶店を出た後。
二人は、駅前の商業施設へ入った。
本屋。
雑貨屋。
ゲームショップ。
立ち寄る店は。
これまでと、ほとんど変わらない。
けれど。
今日は。
互いの行動を。
少しずつ意識してしまう。
本子が本を手に取れば。
縁之丞は。
隣から表紙を覗き込もうとする。
けれど。
顔が近くなりそうになると。
すぐに離れる。
縁之丞が商品棚を見ていれば。
本子も隣へ並ぼうとする。
けれど。
肩が触れそうになると。
一歩だけ距離を取る。
「さっきから」
本子が言う。
「避けてない?」
「本子も避けてるだろ」
「縁之丞が避けるから」
「本子が離れるからだよ」
「じゃあ、近づく?」
「近づけば?」
「縁之丞から」
「またそれ?」
二人は。
少し言い合った後。
結局。
微妙な距離を保ったまま歩き続けた。
◇
次に入ったのは。
女性向けの服が並ぶ店だった。
本子は。
何着か手に取り。
縁之丞へ見せる。
「どっちがいいと思う?」
「どっちでもいいんじゃない?」
「それ、一番駄目な答え」
「何で?」
「ちゃんと選んでよ」
縁之丞は。
本子が持っている服を見る。
淡い色のブラウスと。
少し大人っぽい黒いワンピース。
「こっち」
縁之丞は。
淡い色のブラウスを指した。
「何で?」
「本子っぽいから」
「黒い方は?」
「大人っぽい」
「似合わない?」
「そうは言ってないだろ」
「じゃあ」
本子は。
黒いワンピースを自分の身体へ当てる。
「これ、似合う?」
「似合う」
「ちゃんと見て答えて」
「見てるよ」
「目、逸らしてるじゃん」
「見たら恥ずかしいんだよ」
本子の動きが止まる。
「何で?」
「本子が着たところ、想像するだろ」
「想像したら駄目なの?」
「駄目じゃないけど」
「じゃあ、見て」
本子は。
黒いワンピースを身体へ当てたまま。
縁之丞の正面へ立つ。
「どう?」
縁之丞は。
今度こそ。
きちんと本子を見る。
いつもの制服姿とは違う。
少し大人っぽい服。
その姿を想像すると。
デートという言葉が。
急に現実味を持った。
「似合う」
縁之丞は。
少しだけ視線を逸らしながら答える。
「本当に?」
「ああ」
「可愛い?」
「……可愛い」
本子の顔が。
一気に赤くなる。
「本子が聞いたんだろ」
「そうだけど」
「じゃあ、何でそんな顔するんだよ」
「縁之丞が言うと思わなかったから」
「言わせたの、本子じゃん」
「言ってほしかったけど」
「本当に言われると恥ずかしいの」
「面倒だな」
「恋人なんだから、慣れて」
「本子も慣れろよ」
「無理」
二人とも。
相手の顔を見ることができなくなった。
◇
結局。
本子は。
黒いワンピースを買わなかった。
「買わないの?」
店を出た後。
縁之丞が尋ねる。
「今日はいい」
「似合ってたのに」
「また着て見せてほしい?」
「買ってないだろ」
「今度、似たの着る」
「そっか」
「楽しみ?」
「まあ」
「まあって何?」
「楽しみだよ」
本子は。
少しだけ嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ると。
縁之丞も。
つられるように口元を緩める。
けれど。
二人の身体の距離は。
まだ、少しだけ遠かった。
◇
店を出る頃には。
空が暗くなり始めていた。
駅前の建物へ。
一つずつ明かりが灯る。
本子は。
時計を見る。
「そろそろ帰らないとね」
「ああ」
「明日も学校あるし」
「ああ」
「家も近いし」
「そうだな」
帰る理由はいくつもある。
けれど。
本子の足は。
すぐには家の方角へ向かなかった。
縁之丞も。
歩き出そうとしない。
「帰る?」
縁之丞が尋ねる。
「縁之丞は?」
「本子が帰るなら」
「私が聞いたの」
「俺も聞いてる」
「ずるい」
「何が?」
本子は。
駅前の時計を見上げる。
今日一日。
教室では、クラスメイトたちに囲まれて。
昼休みも、ずっと見られていた。
放課後になり。
ようやく二人きりになれた。
それなのに。
緊張して。
昔よりも、ずっと離れて歩いた。
喫茶店でも。
隣ではなく、向かいへ座った。
買い物をしていても。
肩が触れるたびに離れた。
本当の恋人になったのに。
まだ。
何もできていないような気がした。
「ねえ」
本子が。
縁之丞の制服の袖を掴む。
「何?」
「まだ」
小さな声で言う。
「帰りたくない」
縁之丞が。
本子を見る。
本子は。
少し恥ずかしそうに視線を落としていた。
「もう少しだけ」
「一緒にいたい」
縁之丞も。
同じ気持ちだった。
今日が終わるのが。
少しだけ惜しかった。
「じゃあ」
縁之丞は。
本子の袖を掴んでいた手へ。
自分の手を重ねる。
「うち、来る?」
本子は顔を上げる。
「いいの?」
「いつも来てるだろ」
「今日は」
本子は。
縁之丞の手を握る。
「恋人として行くけど?」
「……そういう言い方するなよ」
「緊張した?」
「した」
本子は。
少しだけ笑った。
「じゃあ、行く」
二人は。
再び指を絡める。
喫茶店でも。
買い物をしている間も。
以前より、ずっと遠かった距離。
けれど。
帰りたくないという気持ちだけは。
二人とも同じだった。
本当の初デートは。
まだ。
終わらなかった。




