SS 第3話 放課後の手
放課後。
縁之丞と本子は。
いつものように、二人で学校を出た。
朝から続いていた。
クラスメイトたちのお祭り騒ぎも。
ようやく終わった。
「じゃあな、初デート楽しんでこいよ!」
「報告待ってるからね!」
「何も報告しないから!」
本子が。
校門の前で、教室の窓へ向かって叫ぶ。
窓から顔を出していたクラスメイトたちは。
楽しそうに手を振っていた。
「絶対、明日聞かれるな」
縁之丞が言う。
「何を?」
「どこへ行ったとか」
「何をしたとか」
「手を繋いだかとか」
その言葉に。
二人は。
同時に黙り込んだ。
◇
学校からの帰り道。
歩く道も。
並んでいる相手も。
昨日までと変わらない。
けれど。
二人の間には。
朝と同じように。
微妙な距離が空いていた。
隣にはいる。
けれど。
肩が触れるほど近くはない。
本子が少し近づけば。
縁之丞が僅かに離れる。
縁之丞が近づこうとすれば。
本子も、なぜか同じだけ離れてしまう。
「……ねえ」
本子が口を開く。
「何?」
「遠くない?」
「朝も同じこと言ってたな」
「朝からずっと遠いんだもん」
「本子も離れてるだろ」
「縁之丞が近づけばいいじゃん」
「本子が来ればいいだろ」
「恋人なのに」
「恋人だからだよ」
「何で?」
「近いと緊張するから」
縁之丞は。
言ってから、少しだけ顔を赤くした。
本子も。
僅かに目を見開く。
「縁之丞でも、緊張するんだ」
「するよ」
「剣道の試合では、全然緊張しないのに?」
「試合と本子は違うだろ」
「私の方が強い?」
「何が?」
「縁之丞を緊張させる力」
「変な勝ち方するなよ」
本子は。
少しだけ嬉しそうに笑った。
◇
しばらく。
二人は、そのまま歩き続ける。
会話はある。
けれど。
互いの手は。
身体の横へ下ろされたままだった。
以前なら。
人混みへ入れば。
どちらからともなく手を繋いだ。
本子が突然走り出せば。
縁之丞が、その手首を掴んだ。
そんなことに。
何の意味も感じていなかった。
けれど。
今は。
手を繋ぐという行為そのものを。
二人とも意識している。
本子の手が。
歩くたびに、僅かに揺れる。
縁之丞の手との距離は。
ほんの少し。
伸ばせば届く。
それなのに。
その少しが。
妙に遠かった。
「朝は」
本子が言う。
「手、繋がなかったね」
「ああ」
「昼も、唐揚げだけだったし」
「唐揚げは関係ないだろ」
「恋人らしいこと」
「まだ、何もしてないね」
縁之丞の足が。
僅かに止まりかける。
「付き合ってから一日目だろ」
「一日目だからしたいんじゃん」
「何を?」
本子は。
縁之丞を見る。
縁之丞も。
本子を見る。
目が合った瞬間。
本子は、少しだけ視線を逸らした。
「……手を繋ぐとか」
「それくらいなら」
縁之丞は。
小さく息を吐く。
そして。
意を決したように。
本子へ右手を差し出した。
◇
「ほら」
本子は。
差し出された手を見る。
「何?」
「手」
「分かってるけど」
「繋ぎたいんだろ」
「縁之丞は?」
「俺も」
「本当に?」
「本当」
本子は。
少しだけ頬を緩める。
それから。
縁之丞の手へ。
自分の手を伸ばした。
縁之丞は。
普通に手のひらを重ねるつもりだった。
けれど。
本子の指は。
そのまま縁之丞の指の間へ入る。
一本ずつ。
互いの指が絡み合った。
「……何で、そっちなんだよ」
縁之丞が尋ねる。
「恋人だから」
「普通でいいだろ」
「これが普通だよ」
「普通の繋ぎ方は、こっちだろ」
「幼馴染の普通はね」
本子は。
絡めた指へ、僅かに力を込める。
「恋人の普通は、こっちなの」
「誰が決めたんだよ」
「私」
「また今作ったの?」
「うん」
「本子の決まりばっかりじゃん」
「嫌なの?」
縁之丞は。
繋いだ手を見る。
本子の手は。
いつもと同じ大きさで。
いつもと同じ温かさだった。
けれど。
指を絡めただけで。
今までとは、まったく違うものに感じる。
「嫌じゃない」
縁之丞が答える。
本子の頬が。
さらに赤くなった。
「じゃあ、このままね」
「ああ」
◇
二人は。
指を絡めたまま、再び歩き始めた。
けれど。
先ほどまで続いていた会話が。
綺麗に途切れた。
「……」
「……」
互いの手のひらから。
体温が伝わってくる。
本子の指が。
少し動くたび。
縁之丞の心臓が跳ねる。
縁之丞が。
握る力を僅かに強めると。
本子の肩が、小さく揺れる。
「何か話してよ」
本子が。
前を向いたまま言う。
「本子が話せよ」
「何を?」
「知らない」
「いつもは、どうでもいい話してるじゃん」
「今は思いつかない」
「私も」
再び。
沈黙が流れる。
普段なら。
黙って歩いていても、何も感じない。
むしろ。
無理に話さなくてもいいことが。
二人にとっての心地よさだった。
けれど。
今は。
沈黙の間も。
繋いだ手ばかりを意識してしまう。
「手」
本子が呟く。
「何?」
「汗かいてる」
「本子もだろ」
「私はかいてない」
「かいてる」
「縁之丞のが移っただけ」
「汗って移るの?」
「知らない」
「適当だな」
本子は。
小さく笑った。
その笑い声に。
縁之丞の緊張も。
ほんの少しだけほどける。
◇
「でも」
本子は。
繋いだ手を見ながら言う。
「前も、何回も手を繋いだのにね」
「ああ」
「何で、こんなに緊張するんだろう」
「意味が変わったからじゃない?」
「意味?」
「前は」
縁之丞は。
少し考える。
「はぐれないためとか」
「本子が勝手にどこか行かないためとか」
「それだけだっただろ」
「勝手にどこか行かないよ」
「行くだろ」
「たまにしか行かない」
「行ってるじゃん」
「今は?」
本子が尋ねる。
「今は、何のために繋いでるの?」
縁之丞は。
すぐには答えられなかった。
はぐれないためではない。
人混みでもない。
本子を止めるためでもない。
「繋ぎたいから」
縁之丞が答える。
本子は。
目を丸くする。
「それだけ?」
「ああ」
「本子と、手を繋ぎたいと思ったから」
本子は。
何も言わなかった。
ただ。
繋いだ手へ。
もう一度、強く指を絡める。
「本子?」
「何でもない」
「顔、赤いぞ」
「縁之丞もね」
二人は。
互いの顔を見ないまま。
そのまま並んで歩き続けた。
恋人になったからといって。
急に何かが上手くなるわけではない。
手を繋ぐだけで。
会話さえできなくなる。
それでも。
二人の間に空いていた距離は。
少しだけ。
確かに縮まっていた。




