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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus


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SS 第2話 恋人との昼休み

 昼休み。


 いつもどおり。


 縁之丞と本子は。


 机を並べて、昼食を食べようとしていた。


 ただし。


 いつもと違うことが、一つだけある。


 教室中から。


 妙に視線を感じていた。


「……見られてるよね」


 本子が。


 小さな声で尋ねる。


「見られてるな」


「何で?」


「朝、付き合ったって言ったからだろ」


「それだけで?」


「それだけで十分なんじゃない?」


 二人が声を潜めて話すと。


 周囲のクラスメイトたちは。


 何も聞いていないような顔をしながら。


 明らかにこちらへ耳を傾けていた。


「普通に食べよう」


 本子が言う。


「ああ」


「気にしたら負けだから」


「何に負けるんだよ」


「知らないけど」


 本子は。


 自分へ言い聞かせるように。


 弁当箱の蓋を開けた。


     ◇


 今日の縁之丞の弁当には。


 唐揚げが入っていた。


 本子は。


 蓋が開いた瞬間から。


 その存在に気づいていた。


 いつもなら。


 何も言わず。


 箸を伸ばして、一つ取る。


 縁之丞も。


「勝手に取るな」


 と言いながら。


 本気で止めることはなかった。


 けれど。


 今日は。


 本子の箸が動かない。


 自分の弁当を食べながら。


 何度も。


 縁之丞の唐揚げへ視線を向ける。


 そのたびに。


 すぐ、自分の弁当へ戻す。


 縁之丞は。


 しばらく、その様子を見ていた。


「それ」


「何?」


「食べないの?」


 本子が尋ねる。


「食べるけど」


「そう」


 本子は。


 少し残念そうに答えた。


「何だよ」


「別に」


「欲しいの?」


「欲しいとは言ってない」


「でも、ずっと見てるじゃん」


「見てない」


「見てた」


「唐揚げが勝手に視界へ入ってきただけ」


「唐揚げのせいにするなよ」


 本子は。


 不満そうに頬を膨らませた。


     ◇


 縁之丞は。


 箸で唐揚げを一つ摘まむ。


「食べたいなら、取ればいいだろ」


「いいの?」


「いつも勝手に取るじゃん」


 本子は。


 一瞬だけ、唐揚げへ箸を伸ばしかけた。


 けれど。


 途中で手を止める。


「今日は、やめとく」


「何で?」


「今日は恋人だから」


 縁之丞は。


 意味が分からず、本子を見る。


「恋人の方が遠慮するの?」


「するでしょ」


「何で?」


「ちゃんとした彼女に見られたいから」


「誰に?」


 本子は。


 周囲へ視線を向ける。


 クラスメイトたちは。


 慌てて、自分たちの昼食へ顔を戻した。


「みんなに」


「今さらだろ」


「今さらって何?」


「もう十分、本子がどういう奴か知られてるじゃん」


「どういう奴?」


「俺の弁当から、勝手におかずを取る奴」


「それだけ?」


「他にもあるけど」


「言ってみて」


「嫌だよ」


「何で?」


「怒るから」


「怒らないよ」


「絶対怒る」


「言ってみないと分からないじゃん」


「朝、機嫌悪いとか」


「怒るよ?」


「ほら」


 本子は。


 箸を持ったまま、縁之丞を睨んだ。


     ◇


「とにかく」


 本子は。


 少しだけ姿勢を正す。


「今日からは」


「勝手に取らないことにしたの」


「何で?」


「恋人だから」


「それ、理由になってないだろ」


「なるよ」


「恋人って」


「相手に気を遣うものでしょ」


「今まで気を遣ってなかったの?」


「少しは遣ってた」


「少しなんだ」


「縁之丞には」


 本子は。


 少しだけ視線を逸らす。


「遣わなくてもいいと思ってたから」


 幼馴染だった。


 何をしても。


 次の日には。


 当たり前のように隣にいた。


 少しくらい我が儘を言っても。


 怒らせても。


 嫌われるとは思わなかった。


 けれど。


 今は。


 本当の恋人になった。


 縁之丞から。


 好きだと言われた。


 だからこそ。


 今までより。


 ちゃんとした自分でいたくなった。


「変なの」


 縁之丞が言う。


「何が?」


「恋人になったのに」


「今までより遠慮するんだな」


「だって」


 本子は。


 小さな声で答える。


「嫌われたくないし」


 縁之丞の箸が止まった。


 本子も。


 自分で口にしてから。


 恥ずかしくなったのか。


 弁当箱へ視線を落とす。


「そんなことで嫌いにならないよ」


 縁之丞が言う。


「本当に?」


「何年一緒にいると思ってるんだよ」


「恋人になってからは」


「まだ一日目だよ」


「そこだけ数えるなよ」


 本子は。


 少しだけ口元を緩めた。


     ◇


 縁之丞は。


 唐揚げを一つ摘まむ。


 そのまま。


 本子の弁当箱へ入れた。


「え?」


「食べたいんだろ」


「でも」


「勝手に取るのが嫌なら」


「俺が入れればいい」


 本子は。


 自分の弁当箱へ置かれた唐揚げを見る。


 それから。


 縁之丞の顔を見た。


「何?」


「優しい」


「唐揚げ一個で?」


「恋人っぽい」


「そうか?」


「うん」


 本子は。


 嬉しそうに唐揚げを口へ運んだ。


 その瞬間。


「おお……」


 教室のあちこちから。


 小さな声が上がった。


 縁之丞と本子が。


 同時に周囲を見る。


 クラスメイトたちは。


 誰もこちらを見ていない。


 けれど。


 明らかに、聞いている。


「今」


 本子が尋ねる。


「声、聞こえたよね?」


「聞こえた」


「おい!」


 縁之丞が。


 教室へ向かって声を上げる。


「見世物じゃないから!」


「見てないぞ!」


「聞いてもない!」


「唐揚げなんて全然見てない!」


「見てるじゃん!」


 本子が叫ぶ。


 教室中に。


 笑い声が広がった。


     ◇


「いいなあ」


 一人の女子生徒が。


 ついに隠すことを諦めたように言う。


「付き合いたてって感じ」


「唐揚げ一個で、あんなに照れるんだ」


「昨日まで普通に取り合ってたのに」


「知ってたの?」


 本子が尋ねる。


「毎日見てたからね」


「鬼灯が勝手に取って」


「霧島が文句を言いながら、結局許すところまでが昼休みの恒例だった」


「恒例にされてたの?」


「付き合ってからは」


 男子生徒が笑う。


「霧島が入れてあげるんだな」


「違う」


 縁之丞が否定する。


「何が違うの?」


「今日はたまたま」


「明日からも入れてくれる?」


 本子が尋ねる。


「何で本子が期待してるんだよ」


「恋人だから」


「またそれ?」


「便利だね」


「都合よく使うな」


 本子は。


 楽しそうに笑った。


     ◇


 その後も。


 二人が何か話すたび。


 周囲の視線が集まった。


 本子が。


 縁之丞へ飲み物を取ってほしいと頼めば。


 小さな歓声が上がり。


 縁之丞が。


 本子の口元についた米粒を指摘すれば。


 教室中が静かになった。


「何で黙るんだよ」


「取ってあげるのかなって」


「取らないよ!」


 本子は。


 慌てて自分で米粒を取る。


 二人とも。


 昼休みが終わる頃には。


 朝以上に疲れていた。


「恋人って」


 本子が小さく呟く。


「大変だね」


「恋人が大変なんじゃなくて」


 縁之丞は。


 周囲のクラスメイトたちを見る。


「こいつらが面倒なんだよ」


「明日から別々に食べる?」


 本子が尋ねる。


「嫌だ」


 縁之丞は。


 考えるより先に答えた。


 本子が。


 少しだけ目を見開く。


「何?」


「別に」


 その頬が。


 ゆっくりと緩んでいく。


「じゃあ」


 本子は。


 縁之丞の弁当に残っていた卵焼きへ箸を伸ばした。


「これはもらうね」


「勝手に取るなよ!」


「恋人だからいいでしょ」


「さっきまで遠慮してたじゃん!」


「もう慣れた」


「早すぎるだろ!」


 二人のやり取りに。


 教室中から、再び笑い声が上がった。


 正式な恋人になっても。


 結局。


 二人の昼休みは。


 少し照れくさくなっただけで。


 今までと。


 それほど変わらなかった。

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