SS 第1話 付き合いました
正式に交際を始めた。
その翌日。
縁之丞と本子は。
いつものように、二人で学校へ向かっていた。
ただし。
いつもと同じなのは。
歩いている道と。
隣にいる相手だけだった。
二人の間には。
不自然なほどの距離が空いている。
昨日までは。
肩が触れるほど近くを歩いていた。
人通りが多ければ。
何も考えず、手を繋いだ。
けれど。
本当の恋人になった途端。
互いの身体へ近づくだけで。
妙に意識してしまう。
「……遠くない?」
本子が尋ねる。
「本子も離れてるだろ」
「縁之丞が近づけばいいじゃん」
「本子が来いよ」
「恋人なんだから、縁之丞から来て」
「そういう決まりあるの?」
「今作った」
「勝手に作るなよ」
結局。
二人は。
微妙な距離を空けたまま。
学校へ到着した。
◇
教室へ入ってからも。
二人の様子は、どこかおかしかった。
いつもなら。
本子は縁之丞の席へ近づき。
机へ手をついて、どうでもいい話を始める。
縁之丞も。
面倒そうな顔をしながら。
最後まで話を聞いていた。
けれど。
今日は。
本子は自分の席へ座ったまま。
縁之丞も。
教科書を机へ入れながら。
本子の方を見ようとしない。
時折。
どちらかが相手へ視線を向ける。
けれど。
目が合いそうになると。
すぐに逸らしてしまう。
その異変に。
クラスメイトたちが気づかないはずはなかった。
「なあ」
近くにいた男子生徒が。
縁之丞の机へ近づく。
「何?」
「また喧嘩したのか?」
「またって何だよ」
「前にも喧嘩してただろ」
「してない」
「いや、してたって」
「してない」
「じゃあ」
男子生徒は。
本子との間に空いた距離を見る。
「何で、そんなによそよそしいんだよ」
縁之丞は。
答えに詰まった。
一方。
別の女子生徒も。
本子の隣へやってくる。
「昨日まで、あんなに仲良かったのに」
「何かあった?」
「何もないよ」
「絶対あるでしょ」
「朝から、一回も縁之丞の席へ行ってないじゃん」
「話したよ」
「何を?」
「遠いって」
「やっぱり喧嘩してるじゃん」
「違うの!」
本子は。
慌てて否定した。
その声に。
教室中の視線が集まる。
◇
「じゃあ」
一人の女子生徒が尋ねる。
「何があったの?」
「それは……」
本子は。
言葉に詰まった。
縁之丞も。
気まずそうに視線を逸らしている。
昨日。
二人は、互いの気持ちを伝え合った。
恋人のふりではなく。
本当に付き合うことになった。
嬉しかった。
今も。
思い出すだけで、胸の奥が温かくなる。
けれど。
それを教室中へ報告するのは。
告白とは違う恥ずかしさがあった。
「何?」
「本当に喧嘩したの?」
「もしかして、別れた?」
「だから、付き合ってないって言ってただろ」
「でも、どう見ても付き合ってたじゃん」
次々と質問が飛んでくる。
本子は。
縁之丞を見る。
縁之丞も。
困ったように本子を見返した。
「言う?」
本子が、小声で尋ねる。
「もう言うしかないだろ」
「縁之丞が言ってよ」
「何で俺が?」
「男の人から言うものでしょ」
「それも、今作った決まり?」
「うん」
「勝手すぎるだろ」
小声で言い合う二人を。
クラスメイトたちは、じっと見守っている。
「何を相談してるんだ?」
「早く教えてよ」
「気になる!」
本子は。
諦めたように、小さく息を吐いた。
それから。
頬を赤くしながら立ち上がる。
「あの」
教室が静かになる。
本子は。
一度、縁之丞へ視線を向けた。
縁之丞は。
少し照れたような顔をしながら。
小さく頷く。
本子は。
胸の前で両手を握った。
「私たち」
一度。
言葉を止める。
「正式に」
顔が熱い。
それでも。
逃げずに続けた。
「お付き合いすることになりました」
◇
一瞬。
教室が静まり返った。
次の瞬間。
「マジか!」
「やっと!?」
「おめでとう!」
「本当に付き合ったの!?」
教室中から。
大きな歓声が上がった。
本子は。
予想以上の反応に肩を跳ねさせる。
縁之丞も。
思わず目を見開いていた。
「何で、そんなに驚くんだよ」
縁之丞が尋ねる。
「驚くに決まってるだろ!」
「ずっと待ってたんだぞ!」
「何を?」
「二人が付き合うのを!」
「待たれてたの?」
本子が、困惑したように尋ねる。
「むしろ」
一人の女子生徒が首を傾げる。
「今まで付き合ってなかったの?」
「付き合ってなかったよ」
本子が答える。
「嘘でしょ」
「毎日、一緒に登校して」
「休みの日も、二人で出かけて」
「手も繋いでたよね?」
「うん」
「それで、付き合ってなかったの!?」
「幼馴染だから」
「幼馴染で、そこまでする!?」
「したけど」
本子は。
不思議そうに首を傾げる。
「一緒の部屋で寝たこともあるよ」
「本子!」
縁之丞が。
慌てて止めた。
「何で今、それを言うんだよ!」
「聞かれたから」
「そこまでは聞かれてない!」
教室が。
さらに大きく騒がしくなる。
「一緒の部屋!?」
「寝たって、どういう意味!?」
「それで付き合ってなかったの!?」
「どういう関係だったんだよ!」
「普通の幼馴染だよ」
本子が答える。
「普通じゃない!」
クラスメイトたちの声が。
綺麗に重なった。
◇
「告白は、どっちから?」
「霧島」
「何て言ったんだ?」
「言わない」
「鬼灯は何て返事したの?」
「言わないよ!」
「キスは?」
「してない!」
本子と縁之丞が。
同時に答えた。
その瞬間。
二人の目が合う。
互いの顔が。
同時に赤くなった。
まだ。
していない。
その事実を。
改めて意識してしまった。
「二人とも赤くなったぞ!」
「分かりやすい!」
「本当に付き合ったばっかりなんだ!」
「うるさい!」
縁之丞が声を上げる。
本子も。
両手で赤くなった頬を隠した。
「もう、この話は終わり!」
「まだ何も聞いてない!」
「十分聞いたでしょ!」
「初デートは?」
「まだ決めてない!」
「今日、行けばいいじゃん!」
「放課後?」
「付き合ってから初めてのデート!」
本子は。
思わず縁之丞を見る。
縁之丞も。
本子へ視線を向けた。
「……行く?」
本子が。
小さな声で尋ねる。
「ここで聞くなよ」
「じゃあ、後で聞く」
「今、聞いてるじゃん」
二人のやり取りに。
教室中から、再び歓声が上がる。
「おお!」
「初デート決定!」
「まだ決まってない!」
否定する縁之丞の声は。
誰にも聞いてもらえなかった。
◇
担任が教室へ入ってくるまで。
二人は。
クラスメイトたちから質問を浴び続けた。
ようやく。
朝のホームルームが始まり。
教室が静かになる。
縁之丞は。
自分の席へ座ったまま。
小さく息を吐いた。
疲れた。
剣道の試合より。
よほど体力を使った気がする。
ふと。
本子の方を見る。
本子も。
同じタイミングで、縁之丞を見ていた。
目が合う。
昨日までなら。
そのまま、何か話しただろう。
けれど。
今は。
互いに少しだけ頬を赤くして。
すぐに前を向いてしまう。
正式な恋人になった。
それだけなのに。
昨日までより。
ずっと相手が遠く感じる。
けれど。
その距離が。
嫌なわけではなかった。
恥ずかしくて。
落ち着かなくて。
胸が何度も高鳴る。
ただの幼馴染だった頃にも。
恋人のように振る舞っていた頃にも。
感じたことのなかったもの。
二人は今日から。
本当の恋人として。
もう一度。
互いとの距離を覚えていく。




