表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/121

第10話 恋人ごっこ

 縁之丞はスマートフォンをテーブルへ置いた。


 しばらく黙って考えた後、ふと顔を上げる。


「だったらさ」


「うん?」


「友達以上、恋人未満から始めてみる?」


 本子は目を丸くした。


「どういうこと?」


「実際に、恋人っぽいことをしてみるんだよ」


「恋人っぽいこと?」


「ああ」


 縁之丞は指を折りながら考える。


「例えば、デートとか」


「私たち、いつも二人で出かけてるよ」


「手を繋ぐとか」


「それも繋いでるね」


「一緒に飯を食べる」


「今、食べてるよ」


「家で二人きりで過ごす」


「それもいつも」


「飲み物を一口もらう」


「さっき私の飲んだでしょ」


 縁之丞は、テーブルの上にある本子のアイスティーを見た。


 確かに少し前、味が気になると言って一口もらっていた。


「……俺たち、もう大体やってるな」


「そうだね」


 二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。


 恋人らしいことを挙げているはずなのに、思いつくものは、昔から当たり前のようにしてきたことばかりだった。


「じゃあ、何をしたら恋人になるんだよ」


「それを調べに来たんでしょ」


「調べても分からなかっただろ」


「縁之丞が考えて」


「本子も考えろよ」


「提案した人の責任」


「まだ何も始まってないのに?」


 本子がくすくすと笑う。


 縁之丞も呆れながら笑い返した。


 少しだけ、先ほどまでの難しい空気が和らぐ。


 けれど、笑いが落ち着くと。


 縁之丞は、少し真面目な表情になった。


「でも」


「今までとは、一つだけ違う」


「何?」


「今までは、全部『幼馴染だから』やってた」


 本子は小さく頷く。


「うん」


「今度は、恋人のつもりでやる」


「恋人のつもり……」


 同じ手を繋ぐことでも。


 同じ道を並んで歩くことでも。


 ただ二人で出かけることでも。


 幼馴染としてではなく、恋人としてしているのだと思えば、何かが違って感じられるかもしれない。


 今まで何とも思わなかった行動に、別の意味が生まれるかもしれない。


「それで」


 縁之丞が続ける。


「俺たちがお互いをどう思ってるのか、分かるかもしれない」


「恋人として好きなのかどうか?」


「ああ」


「本当に分かるかな」


「多分」


 本子は思わず笑った。


「多分なんだ」


「やったことないんだから、分かるわけないだろ」


「確かに」


 二人は顔を見合わせ、苦笑する。


 絶対に上手くいくという確信はない。


 それでも、検索結果を眺めて悩み続けるよりは、実際に試してみる方が分かりやすい気がした。


「もし」


 本子が静かに尋ねる。


「やってみても、分からなかったら?」


「その時は」


 縁之丞は少し考えてから答えた。


「普通の幼馴染に戻る」


「今と同じ?」


「今と同じ」


「本当に戻れる?」


 本子の問いかけに、縁之丞はすぐには答えられなかった。


 恋人の真似をして。


 相手を今より意識するようになって。


 それでも何も分からなかった時。


 本当に、以前とまったく同じ関係へ戻れるのだろうか。


「……分からない」


 縁之丞は正直に答えた。


「でも、何もしなくても、もう前とは少し違うだろ」


「許嫁だって知ったから?」


「ああ」


 本子も昨日からの自分を思い返す。


 同じ箸が触れそうになっただけで手を引いた。


 いつも座っている部屋なのに、縁之丞の隣へ座ることを一瞬ためらった。


 これまで何とも思わなかったことを、少しずつ意識し始めている。


「確かに」


 本子は小さく頷いた。


「もう、完全に今まで通りではないかもね」


「だったら、ちゃんと確かめた方がいいと思う」


「うん」


 本子はストローへ口をつける。


 けれど、飲み物はほとんど減らなかった。


 縁之丞と恋人の真似をする。


 二人で出かける時も。


 手を繋ぐ時も。


 隣に座る時も。


 恋人なのだと思って過ごしてみる。


 そう想像すると、少しだけ胸が落ち着かなくなった。


 嫌ではない。


 むしろ。


 少し面白そうだと思った。


「縁之丞は」


 本子がグラスから顔を上げる。


「私とやってみたいの?」


「本子以外に、試す相手いないだろ」


 本子は少し眉を下げる。


「そういう意味じゃなくて」


「どういう意味?」


「仕方なく私を選んだのかってこと」


「仕方なく?」


「許嫁だって言われたから、誰でもいいけど、とりあえず私で試してみようって思ったのかなって」


「誰でもいいわけないだろ」


 縁之丞は、すぐに否定した。


 本子が少しだけ目を見開く。


「本子だから、試してみようと思ったんだよ」


「どうして?」


「どうしてって……」


 縁之丞は言葉に詰まった。


 本子となら、嫌ではない。


 本子と恋人のようなことをしてみたいと思った。


 けれど、その理由を説明しようとすると、上手く言葉が見つからない。


「ずっと一緒にいたから」


「それに、本子以外と手を繋いだり、二人で出かけたりするのは、あんまり想像できない」


「だから」


 縁之丞は、真っ直ぐ本子を見る。


「本子だから、やってみたいと思った」


 本子は何も答えなかった。


 ただ、頬が少しだけ緩む。


「そっか」


「何だよ」


「別に」


「笑ってるじゃん」


「笑ってないよ」


「笑ってるだろ」


 本子は照れ隠しのように、アイスティーを一口飲んだ。


「私も」


 グラスを置き、縁之丞を見る。


「縁之丞となら、嫌じゃない」


「他の人と恋人の真似をするのは、何か違うと思う」


「でも、縁之丞となら」


 本子は少しだけ視線を逸らした。


「やってみてもいいかなって思う」


「じゃあ、決まりだな」


「まだ」


「まだ何かあるの?」


 本子はすぐには答えなかった。


 指先でストローをゆっくり回す。


「もし、変になったら?」


「変?」


「今までみたいに戻れなくなったり」


 縁之丞も黙り込んだ。


 それだけは、二人とも少し怖かった。


 恋人ごっこを始めたことで、喧嘩をするかもしれない。


 相手のことを嫌になるかもしれない。


 これまで当たり前だった距離が、壊れてしまうかもしれない。


 幼い頃から積み重ねてきた時間は、二人にとって何よりも大切だった。


 気持ちを確かめるために、それを失ってしまっては意味がない。


 しばらく考えた後、縁之丞が静かに言う。


「無理はしない」


「うん」


「どっちかが嫌だと思ったら、その時点でやめる」


「分かった」


「変なこともしない」


「変なことって?」


「それは……分からないけど」


「分からないんだ」


「恋人が何をするかも分からないんだから、仕方ないだろ」


 本子が小さく笑う。


「それもそうだね」


「それに」


 縁之丞が続ける。


「何かあったら、ちゃんと話す」


「今までみたいに?」


「ああ」


「喧嘩しても、次の日にはいつもの場所に来る?」


「それは絶対」


 縁之丞は迷わず答えた。


 本子の表情が、柔らかくなる。


「それなら……大丈夫かな」


「面白そうだろ?」


「遊びみたいに言わないでよ」


「恋人ごっこなんだから、遊びみたいなものだろ」


「そうだけど」


 二人は顔を見合わせる。


 少しだけ照れくさい。


 少しだけ不安もある。


 けれど、それ以上に。


 今までとは違う関係を試すことへの、小さな期待があった。


 本子は一度息を吸う。


 そして、照れくさそうに視線を逸らしながら口を開いた。


「じゃあ……」


「恋人ごっこ、してみる?」


 縁之丞は、本子を真っ直ぐ見つめる。


 それから、小さく頷いた。


「やってみよう」


 許嫁だからでもない。


 両親から言われたからでもない。


 お互いの気持ちを知るために。


 二人は自分たちの意思で、幼馴染とは少しだけ違う関係を始めることにした。


 ずっと普通だった幼馴染との恋人ごっこが。


 この日、静かに始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ