FILE003 係長マミヤ=トクガワ 後編
やわらかな陽が降り注ぐ中、鳥が囀る昼下がり。閑静な住宅地の代表のような場所にターゲットが両親と暮らす家がある。
家族全員羊型獣人とのことだ。男女が子を成した際、そのまま出産すると獣毛を持たず生まれ、環境の汚染に耐えられず死亡してしまう。そのため、問題が無ければ両親どちらかの種類に合わせた動物の遺伝子が受精卵に混ぜ込まれる。男女別種でもほとんど問題はないのだが、カップルの約7割は同種で形成される。
閑話休題、マミヤの任務に戻ろう。
母親に事情を説明し、部屋の前に案内されると依頼業務でよく見た光景がそこにはあった。扉には「開けるな!!」と乱雑に書かれた紙が貼ってあり、周囲にはゴミが散乱している。食べ物の汁を壁にひっかけたような跡もあり、しばらく家族と一緒に食事を摂っていない上、荒れた生活を送っているらしい。
事前に打ち合わせていた通り「おやつを置いておく」と扉越しに母親に声を掛けさせ、退席してもらった。数分後、カチンという音が鳴り、開いた扉にすかさずマミヤが足を差し込んだ。
「プリンを踊らせて天の岩戸を開くなんて朝飯前じゃ。もう八つ刻じゃがのう」
「誰!?イヤ!!やだ足どけて!!」
「閉めたら鍵ごと蹴破るけどええんかの?」
少女はう〜〜〜っと声にならない声を発すると、そそくさと部屋の隅に逃げた。換気でもするようにドアを開け放ったままズカズカとマミヤが侵入する。
「あんた誰なの!?何しに来たの!!私が何かした!?」
「友達を悲しませたじゃろ」
「私に友達なんかいない!!誰も私のことなんて理解してない!!」
マミヤは少し微笑んでしばらく使われていないであろう勉強机の椅子を引き、座った。手を頭の後ろで組み踏ん反り返っているので態度は悪いが、部屋中に漂うピリピリした空気が少し薄まった。
「残念ながらうちはそちのことを理解しにきたわけではないぞ?うちはマミヤ。桃から産まれた桃子ちゃんじゃ。そちの心を痛めつけるオニを退治しにきたカッコいいおねえさんじゃよ」
「……は?ガチなんなん?意味不明なんだけど」
「そちはかしこい子じゃから分かると思ったんじゃがのぉ。周りが馬鹿に見えるくらいかしこいんじゃろ?」
いつの間にか少女は自分を守るように身体の前面に構えていた腕を下ろしていた。そして頬を僅かに紅潮させながらマミヤを見つめる。
「そう!どいつもこいつも馬鹿なの!!男子はいい歳して下ネタがやめられないガキみたいな猿ばかり!くっさいのが教室の隅でカードゲームしてるのなんて視界にも入れたくない!女子だってコスメやアイドルみたいなくだらない話ばかり!ダンスとか言って死にかけのイカみたいな動きをネットに投稿してるの理解不能なんだよ!ネットの連中も馬鹿ばっか!どうにもならないことに時間と労力を浪費してるゴミみたいな人間がいっぱいいるんだよ!?分かる??」
「そうじゃなぁ。世の中8割方そんなもんじゃのう」
「そう!お姉さんちゃんと分かる人じゃないですかぁ!」
「分かっとるぞ。そちは他人に理解して欲しいんじゃな?自己を承認して欲しいんじゃ」
鳩が豆鉄砲を食らった顔をして、少女は無意識に持ち上がっていた腰を床に落とした。
「……違う……私と同じレベルの人に理解してほしいだけです」
「人はみな出自も違えば経験も環境も違う。同じレベルの人間なんて存在せんぞ?」
「じゃあどうすればいいの?低能な人間とニコニコしながら過ごせばいいって言うの!?」
一瞬の沈黙……沈黙の中、少し目を伏せ、鼻から息を吐くマミヤ。老獪な策士により『演出』された沈黙——。
「……うちはあの子のことを低能とは思わんな。そちのことを心配して泣きながらわざわざ対特を訪ねたんじゃ。心当たりはないかの?」
「ちが……リコのことを言ってるわけじゃ……くっ……」
少女はポロポロと涙を流し出した。まるで言葉にできない感情が溢れ、こぼれ落ちているようだ。
「そち、本当は口汚く他人を罵りたくないはずじゃ。うまくいかないことを見知らぬ誰かにぶつけて憂さなんか晴らしたくないじゃろう。その結果、遠ざかっていった人々を惜しく思うであろう。なら――」
マミヤは俯いている少女にニヤリと笑いかけた。
「冷笑なんてやめてしまえ。馬鹿たれの輪に入ってみるのも楽しいぞ?」
――目を真っ赤に泣き腫らした少女を椅子に座らせ、マミヤが『儀式』の準備を始める。
「よいか?一番悪いのはそちの心の中にいるオニじゃ。じゃがなぁ、そちの心自体に隙があるのがいかん」
「はい……」
「うちがどうにかできるのはオニだけじゃ。痛くも痒くもないから何の実感もないじゃろう。おまじないみたいなもんじゃと思え。そこから先はそちが頑張るんじゃぞ?」
「……はい!」
「うむ!では始めるぞ。怖かったら歯医者さんにやるみたいに手を挙げい」
マミヤが右手をまっすぐ突き出し軽く握り込むと、フゥと辺りの空気がざわめき出す。柔らかな金色の光が小さく凝縮していく。
「うちの得物は特別なんじゃ。被憑依者の心理状態にもよるが、活性前のオニを具現化する前に仕留められる」
マミヤのヒイラギは小型拳銃の形をしている。彼女しか有していない特別なヒイラギである。
「うちは『品種改造』された桃から産まれた桃子ちゃんじゃ」
拳銃のようなものが形作られる様を見ていた少女はスッと右手を挙げた。しかし、お構いなしに引金は引かれた。閃光と共に弾丸は射出され、少女の頭を通過していった。可哀想なことに半べそをかいている。
「手挙げたじゃないですか!?」
「手挙げて歯科医がドリルを止めてくれたことがあったか?」
マミヤはいたずらに笑った。
マミヤは帰り際、少女に連れ添い彼女の母親のもとへ向かった。少女はいの一番に「ごめんなさい」と頭を下げ、親子2人は抱き合い声を上げて泣いた。任務を完了したマミヤはその証明にサインを貰い、別れを告げた。
「私、まず皆に謝ります。そしてあの子にはありがとうも……」
少女の瞳にはまだ一抹の不安がありそうではあるが、まっすぐとマミヤを見つめていた。
「まあ、これは業務外の余計なお世話なんじゃが……正論は時に他人を傷付けることもある。相手を慮り言葉を飲み込むことも世渡りの1つじゃ。ババ臭いアドバイスじゃなこりゃ」
少女は言葉の1つ1つを飲み込むようにうなずいた。
「いいえ。大切にします。あの……まだ私ドキドキしてます……私も努力すればマミヤさんのように他人を救える人になれるでしょうか?」
「無論!じゃが、対特だけは絶対やめとくんじゃ!正論だろうが暴論だろうが他人を傷付ける刃にしなくちゃならんド汚い職場じゃぞ?」
「頑張ります!なんだって頑張ります!」
少女は母親と一緒に何度も何度もマミヤに頭を下げた。2人の姿が見えなくなった頃、マミヤはふと傾きかけた陽を見つめ、目をぎゅっと細めた。
「反吐が出るほど穢らわしい仕事じゃが、うちだけ後味良く終わるのだけは救いじゃな……」
ボソッと呟いたその時、通信端末がピピピと鳴った。通話の相手は部下の『カダカツ』。
「(マミヤ係長、職務中の飲酒が部長に見つかりました。帰還を遅らせた方がよろしいかと)」
電話口からは怒声と、4馬鹿の嗚咽だか断末魔だかが聞こえる。打撃音とオダのものと思しき呻吟までも。
「よい子じゃカダカツ。本当に恐ろしいのは言葉の暴力じゃなく純粋な鉄拳じゃのう」
一方的な一言を残して通話を終了させ、その日、マミヤは直帰した




