FILE002 係長ヒヒヨシ=トヨトミ 後編
堕落と愛欲の街、宿場区域。絶望のドン底にある2XXX年だからこそ数多の人々が何かを求めて集う。酒と愛液を必死に掻き集めて心にポッカリ空いた穴を埋めようとしてもただ流れ出るのみ。
それでも、この街にすがるしかないのだろう。
その中心に立て籠もり犯の猪型獣人の男がいた。普段はあられもない姿の『蝶』や『薔薇』が立っているショーウインドウのガラスを破り、右手に握った銃を突き出していた。人質の女性の首を左腕でガッチリ抱え込んでいる。
周囲を警官や野次馬が取り囲む緊迫した現場にヒヒヨシが場違いなくらい飄々とした足取りで現れた。まるで冬を終わらせる春風のように……。
「んまァ〜♡ヒトの中に引き籠もって建物にも引き籠もって、コンヱちゃんにも負けてないねェ♡」
ゴソゴソと拡声器を取り出そうとしているが、必要無いくらいやかましい。
「あぁ!?何だテメェは!!ウリのホモ野郎は引っ込んでろよ!!」
「ウリはキミでしょイノシシちゃァん♡」
「人質がいること忘れてんのか!?この女ぶっ殺すぞ!!」
銃口を突き付けられ、女性はヒッと息を呑み涙が溢れ出る。
「人質なんて知らないよォ?オニ退治しにきたんであって、最悪の場合人質の命はどうでもいいんだよねェ♡」
「見下げたクソだな!!決めた!!まずは性根腐ったイケメンの顔撃ち抜いてやるよ!!」
「あぁ〜っハァ♡ギンギンに睨まれてエクスタシィ♡キミマニア受けしそうだよねェ♡」
ヒヒヨシはくねくねとうねりながら恍惚としている。男は顔をしかめ不快感を示しながらも少し戦意が削がれたようだ。
「マニア受けすらしねえよ……豚みたいな見た目に産まれちまったばっかりに女に虐げられ嘲笑われていい歳こいて童貞だ!!まさに養豚場の豚を見るような目なんて向けられたことあるか!?これからこの惨めさへの復讐をしてやるんだよ!!」
「ホントォ?猪型でもステキなヒトたぁ〜くさんいるじゃなァい♡キミもボサボサの髪と眉毛整えて爪切って歯のホワイトニングしてちゃんとした服着たらモテるかもよォ?」
「んなもん出来ねえよ!!猿のくせに綺麗な面してる奴と違って顔面の大工事しても無理だ!!」
ヒヒヨシは気色悪くニタァっと笑った。
「ちょっとした努力じゃなァい?っていうかァ♡見た目や清潔さに気を遣うなんて他人に不快感を与えない最低限のエチケットだと思うケドォ♡」
「どれだけ努力してもクソ女共はこっちを見もしねえんだよ!!道路の片隅に転がる石みたいに視界に入っていないように振る舞いやがる!!テメェも石っころみてぇに黙りやがれ!!!!」
遂に男はヒヒヨシに向かって発砲した。しかし宙を舞う木の葉のようにヒラリと躱す。7発、8発、いくら撃っても1つも命中しない。騒然とする現場でヒヒヨシだけがヘラヘラと笑っていた。
「クソ女共ねェ?全ての女性を嫌悪してるみたいじゃなァい?」
「その通りだよ!!オレを敵視する女共を憎んで何が悪い!!」
「矛盾してるところが1つあるんだけどさァ♡」
ヒヒヨシは大袈裟な素振りで犬のようにクンクンとニオイを嗅いでいる。
「キミすゥ〜っごく精液クサいよォ〜〜〜♡自分を慰めまくってたでしょォ♡♡♡ホモも女性も嫌いなのに何をオカズにしてたのォ?ドラゴンと車ァ?」
「お……女の動画だよ……」
「女性は嫌いなのに女体は好きなのォ?じゃあセックスしたらいいじゃァん♡キミが人質に取ってる嬢はお金さえ渡せば無視せず蔑まず自由恋愛してくれるよォ?」
男は怒りでわなわなと身を震わせながら再び銃口を人質の頭に向ける。
「どんな形でも若いうちにセックスくらいしとくべきだったねェ♡みんなが食事や睡眠と同じくらい平然とやってることを何故か神格化しちゃってるヒトがたまにいるけどォ……ぶっちゃけちゃんちゃらおかしい♡」
「もう終わりだクソメスがァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」
遂に男が引き金を引いた。周囲の警官や野次馬が目を見開きあっと声を漏らした。一瞬の静寂の中、カチンと軽い音だけが響いた。銃は不発だった。
「キャーハハハハハ♡残念弾切れだよォ?銃の装弾数ちょうど撃ち切っててくれるなんて出来の悪いノベルみたいにベタ過ぎてフッ……喜劇にもならないよォ♡」
人質が泡を吹き失禁しながら崩れ落ちると共に男も膝をついた。泥臭さと耳鳴りと共に首の後ろからオニが顕れた。それと同時にヒヒヨシの左手の先にエネルギーが凝縮し『ヒイラギ』を形成する。
「これもベタベタのベタ。如意棒だよォ♡」
オニに魅せつけるかのように意味もなく如意棒をバトントワリングのように回転させ、駆除対象に向けた。
「ボッキしろ♡」
如意棒がギュンと伸び、オニの頭部を貫いた。仕事を終えた如意棒は元の長さに縮み、ステッキのように突くと、地をすり抜けてフッと消えた。
「お気に入りのコを殺させるわけないよねェ♡」
警官に連行される男にヒヒヨシが近付く。蔑むようなニヤニヤ顔は鳴りを潜め、微笑みながら声を掛ける。
「セックスってコミュニケーションの1つだと思うんだァ♡だから会話も好きなんだよねェ♡」
「ハッ……面白い冗談なんだろうけど今は惨めさでいっぱいで笑ってやれないよ」
「弱者男性」
男はイラッとした顔でヒヒヨシを睨んだ。
「弱者と見下している男性をさらに追い詰める酷い言葉だよ。昔の人が分断を煽るために造り出したのかな?でも、この言葉を使うヒトは見下している相手によっぽど執着していると思わない?」
「どういうことだ?」
「強者女性なら同じ目線の先にいる強者男性に目を向けた方が幸せだと思うんだよねぇ。そしてそれはキミと同じ」
男は自分に掛けられている言葉の意味が掴めず、少し目を斜め上に向けた。
「キミには宿場区域のコは似合わないよ。身近にもっと素朴な話しやすいヒトはいない?同じ水平線上に生きて、似たような価値観を持つ相手に目を向けてみなよ。そしてその人に振り向いてもらえるように努力したらいい」
「……そうかもな。言われてみればSNSで流れてくる派手な投稿なんかにイライラしてたりもした。話したこともない他人なのに」
「素直なところがキュートだよォ♡逆にワタクシはキミみたいな純朴な人を手に入れられないんだよねェ」
じゃあと手を振って去るヒヒヨシの背中はほんの少し寂しそうに見えた。
「コンヱちゃァん♡盗聴の成果はどォ?」
宿場区域近くのランドマークタワーの中腹に腰掛け、休憩しているヒヒヨシが空に向かって語りかけると、数秒後通信端末にコールが掛かってきた。
〘何で盗聴してることも知ってるんですかぁ!!!?〙
「やっぱり面白いコだよねぇ♡」
ヒヒヨシは遠い先に見える平地と空の境界線を眺めながら呟いた。
「ワタクシとコンヱちゃんは同じ水平線上にはいないよねェ?」
〘……陰キャのわたしとキラキラしてるヒヒヨシ様では住む世界が違います……星に憧れているだけなんです…………〙
ヒヒヨシは少し黙った、がすぐにニヤッと笑った。
「それでも、もっとキミの顔が見たいなァ♡」
〘テレワークやめます!!365日オフィス出勤します!!!!〙
コンヱが食い気味に叫んだ。
「ンフフ♡就労規則違反だよねェ♡」




