FILE002 係長ヒヒヨシ=トヨトミ 前編
「おっはよォ〜時代の遺物達ィ〜♡陰気なムードが漂ってますけどちゃんとセルフプレジャーしてますかァ〜?」
「お早う色狂いの童。この狸がそちの穢らわしいタマを抜き取って往来に捨ててやろうぞ」
「タマ抜くのは狸じゃなくてカッパじゃないですかァ〜?」
朝から下品極まりない会話を交わしながら年長者2人が笑っている。このオフィスでは日常茶飯事だ。
出勤してきたこの品性下劣な男は係長ヒヒヨシ=トヨトミ。もっとも、係長とは言うものの特定のチームを率いているわけではない。少数精鋭で専門性が高い職務内容を鑑みると、昇進スピードが早いため、優秀な者は便宜上相応の職位が与えられる。
猿型獣人には粗野で気性が荒い者が多いが、この男は実に物腰が柔らかい。しかしその腰は柔らか過ぎて毎夜前後左右に暴れ回っている。
男女見境なく声を掛け、時に金で買い、派手に遊んでいる。それなのに、仕事もバチコリ出来てしまうためタチが悪い。
細身のボディにジャストサイズの真っ白な制服を着ている。戦闘に特化した高強度特殊素材のレザーをどこで染めてきたのだろうか。
肩にはこれまたどこで売ってるんだって聞きたい純白のコートを羽織っている。裏地は鮮烈な赤。
壊滅的な着こなしに見えるが、朝露に濡れたシャクヤクのような顔には不思議と似合ってしまうのが腹立たしい。
「おはー。今日はえらい早いね」
「嫌味ですかァ課長ォ〜?昨晩は男女23人でペガスス座を創っていたので朝までぐっすり眠れたんですよォ♡」
「俺も徹夜明けだしすげえ眠れたよ」
ンふぅ〜♡と鼻でため息をついたヒヒヨシがまるで手品のように栄養ドリンクをどこからともなく取り出す。
「徹夜はナンセンス♡たまには有休でも取ったらどうですかァ?」
「タウリン12000mg!?ありがと!!こんなレアモノどのルートから手に入れた!!」
「ンフフ♡秘蜜ですよォ♡」
オダが栄養ドリンクを口に含みワインを愉しむように口の中で転がしている。
「そういえばァ♡転送装置故障してるらしいですよォ♡」
「えっ、マジで?今指令来たらクソダルじゃん」
世界大戦による傷跡は甚大であった。技術、ノウハウ、資源、そして人。多くのものを失った今、ごくわずかの既存技術の利用は出来ても維持やメンテナンスまで手が回らないのが現状だ。こういったこともままある。
「乱世対策部本拠地……この急ごしらえ丸出しな名前の建屋にピッタリのオンボロ装置だしなぁ」
「略してラブホですよねェ〜♡」
「うちはラブホ勤めは嫌じゃ」
〘LEVEL 4 LEVEL 4 大阪宿場区域にてオニ憑き1名が立て籠もり銃を乱射。従業員が2名撃たれ重体。人質1名。対特3課に命令、速やかに出動せよ。なお、転送装置は故障中のため、代替手段を用いること。LEVEL 4 LEVEL 4 ――〙
「あらまァ〜♡よりによってLevel4、右から2番目の星ですかァ♡」
「生命が脅かされ対応が困難な事態か……。ここは俺が――」
「課長の脚じゃとどう頑張っても2時間は掛かるじゃろうな。おい色ボケ、そちならどうじゃ」
「んまァ40分ですかねェ♡人質を殺さずデリバリーを悶々と待っててくれればいいんですけどねェ?」
ヒヒヨシがコートを翻しながら立ち上がると窓に向かってゆっくり歩き出し、見晴らしの良い晴天を背に向け2人に笑いかける。
「それではワタクシの薔薇園を散策してまいりますゥ〜♡」
そのまま大仰に後ろに倒れ込み、窓から飛び出していった。
「ああ、宿場区域はあいつの『庭』か」
オダとヒヒヨシの身体能力について、最たる違いと言えばやはり『生物模倣』により得られた動物の特性の差異である。
かつて世界大戦によりもたらされた地球への汚染はまるで神罰のように人類にのみ悪影響を与えていた。平穏無事に過ごしている動物達を模倣することによりその穢れに対抗することに成功したのだが、混ぜ物の相手を自分の意思で選べるわけではない。
環境適応に多様性を持たせるためにランダムに選ばれた動物の細胞を、試験管の中の受精卵に植え付けることでその特徴を宿せる。
オダは猫型獣人であり身軽で機敏だが、高所にいる猿型獣人には到底敵わない。
『ラブホ』を飛び出したヒヒヨシは最短ルートを通るため森林地帯を直進していた。四肢と尾で木々を掴み、跳躍し、器械体操なら10.0点満点の軽業を魅せていた。
空中を舞いながらおもむろに通信端末を取り出し、ある人物にコールする。
「もしもーしィ♡コンヱちゃん寝てたァ?」
〘ンバァッ!?寝てませんよぉ!!?ちゃんとテレワークしてまふ!!〙
ガラドラ!と何かをひっくり返す音と共に上擦った声がけたたましく鳴り響く。
「寝ててもいいよォ♡それよりもお願いがあるんだけどォ?」
〘ヒヒヨシ様がお願い!!?ひぇ……死ぬ気で臨むので部屋のどこかにある自決用の短刀を探したいのですが!!〙
相当物に溢れた部屋がさらに掻き回される音が聞こえる。
「ンフフ♡介錯無しは快楽より苦痛が勝るよォ?大阪宿場区域への最短ルートを探してくれないかなァ♡」
〘あえ??えー、お安い御用ですよぉ。じゃあヒヒヨシ様の現在地の座標送ってくれませんかぁ?〙
「ワタクシの通信端末に勝手にGPS追跡アプリ入れてなかったっけェ?」
〘ア"!!!!!??!?!!????〙
このヤバい女はコンヱ=クロダ。ヒヒヨシのバディである。対特3課ではブラザー制度を採用しているが、新入社員が主任へと昇格するとその呼び名を『バディ』へと変える。オダ曰く、その方がカッコいいからだ。
ヒヒヨシのバディに相応しく奇人だが、ハイテク担当としての腕は確かだ。もっとも、彼女のガリガリで貧弱な腕ではキーボードを叩くので精一杯なので現場での活躍は期待してはいけない。
〘……出せました……そこから西へまっすぐ8分進んで下さい……ちょうど観光特急が通りかかるので利用して下さい……乗車賃は立て替えておきます……そのまま17分ほど進むとヒヒヨシ様の見知った道かと……〙
「パーフェクトッ♡なんか元気ないねぇ♡」
ストーカー女は意気消沈だ。もし短刀を見つけられていたら十字にハラキリしていただろう。




