FILE001 対特3課長ノブニャガ=オダ 後編
ブン、と風が吹き上がる感覚……目の前の景色がいつの間にか繁華街の路地裏らしき場所に変化していた。ミッションスタートだ。
ピンポイントで災害発生現場に転送されるわけではなく、対象を捜索して見つけ出す必要がある。携帯端末に近隣のマップと事態の詳細情報が送られるのでサラッと確認して走り出す。
「転送装置ってボクの好きな漫画に出てくるドアに似てます」
「あーあれね。仕組み的にはあのドアよりも黒い球の方に近いらしいよ。転送しろ!ってやつ」
「どう違うんです?」
「空間の距離を近付けて繋ぐか、俺達自体を分割して遠くに飛ばすかだっけかな」
「え…バラバラになるのなんか怖いな。お願いドラえ――」
「あーいたいた。オニ憑きいたよ」
京都商業区域の外れにある地下鉄のホームで若い獣人の男性が刃物を振り回している。
「なんで俺ばかり!!長時間残業!!休日出勤!!もうボロボロなんだよ!!部署ガチャ大ハズレだぁ!!次通過する特急に飛び込む前にテメェら全員道連れにしてやる!!」
『オニ』――例えばSNS上で見かけた醜聞。
目前の危険運転。
隣人の無精からはみ出した木の枝。
このような心のざわめきを憎悪、憤怒、対立へと育て上げる存在である。遥か昔から人の心をひっそりと蝕み、遂に世界大戦を巻き起こした。
人心を操り支配する特殊災害。ヒトの奮闘によりその数は減少しているが、この死闘が終わりを迎えることは当分無いだろう。
「やってるやってる。さてと、先鋒!ミミヒデ君どうぞ!」
大声で喚き散らしながら狂乱しており、目が血走っている獣人。一見するとオニ憑きか狂人か判断がつかないため、オダが軽口を叩きながら取り出した秘密道具を使用する。
「普通の拡声器〜!」
「……なんでダミ声なんですか?」
2XXX年で感じるわけがないジェネレーションギャップに何故かショックを受け、少し悲しげな顔をしたオダが拡声器をミミヒデに手渡す。
緊張を唾と共に飲み込み、拡声器を構え、スッと息を吸い込み、思いきり叫んだ。
「ツラいからって他人を巻き込むなー!悲劇の主人公気取りで他人のせいにするなー!」
「うるせーぞカス殺すぞ短小包茎!!!」
拡声器を使ったミミヒデの声より大きな怒鳴り声を浴びてしまった。
「短小包茎じゃないやい!!」
「服装からして包茎だろ陰茎陰キャがよ!!!」
「……すいません。失敗みたいです」
「うーん。悲劇の主人公気取りっていうワードはカッコよくて好きだけどね。なんで上手くいかなかったか分かるかな?」
黙り込んで考えてみるが分からない。自分でも手応えがなく言語化出来なかった。
「心を病んで自暴自棄になってるヒトには他人のことを気遣う余裕がないんだよ」
「なるほど」
「他人に迷惑をかけるなって言っても自分のことで精一杯なんだよね」
「勉強になります」
「だから本人の落ち度についてえぐると可哀想なくらい効くんだよねぇこれが」
「流石です」
「なるほど・勉強になります・流石ですの『上司用猫撫三段活用』習得したんだねぇ!」
「ちゃんと寝る前に練習してます」
部下の成長にオダがニヤニヤしていると怒号が浴びせられる。
「てめえらイチャイチャとチンポでも舐め合ってんのかコラ!!公共の場で他人に迷惑かけてるのはどっちだよ死ねよぉおおおお!!!」
「ま、しっかり見てなさいな。あー、あともう1つ大切なポイントがある」
拡声器を受け取ったオダが一歩前に出ると、背中を向けたままミミヒデに話す。
「俺達の仕事は論破や説得ではない。『嫌われること』であり『口撃』だ。世間の目線もあるから論や品格も持つべきだが、まずは相手に悪意をぶつけることに集中しなさい」
悲しそうに、もしくは嘲るようにフフッと笑ったあと、落ち着いた声で話しかけた。
「あー、まず月曜朝なのに目の下にすげぇクマできてるけどちゃんと寝てる?夜更かししてダラダラ遊んでた?」
「仕方ねえだろ!目ぇ閉じても眠れねえんだよ!てかクマはお前もだろ!」
「仕方ないって言い訳して孤独に大好きなチンポでもいじってたんだ?」
「うるせえよ!!本当に眠れないんだよお前に何が分かる!!」
男の声が少し震える。
「眠れない原因はなんだろう?仕事の内容?それとも人間関係?あぁ〜将来への不安かぁ」
「……全部だよ……クソな会社でクソに囲まれてクソみたいな仕事させられて!!」
「『させられた』じゃなくて自分で選んだんだろ?そのために勉強して?就活頑張って?本当に頑張ってたか知らないけどね」
「あああああ!!!うるさい!!!」
男の目からポロポロと涙が溢れ出てくる。
「そうだよなぁ〜。過去はどうにもならないよ。けど今は?現状を良くしようと頑張ってる?職場の人に歩み寄って仲良くなろうとした?目の前の課題に本当に真摯に取り組んだ?どうにもならなかったら助けを求めたり資格を取って転職しようとしたりした?」
「いいいいいいいい!!!!!」
怒りが頂点に達したのち、ガクッと男が膝から崩れ落ちた。ほのかに泥のような臭いが立ち込め、キインッと鋭い耳鳴りが鼓膜に刺さる。湿っぽい不快感と共に男の首の後ろ辺りから鮮血のような紅いもやが立ち昇る。
これこそがこのヒトを蝕んでいた『オニ』である。
ヒトの心に隠れて、その悪意を主食とする卑怯者。物理的に触れることが出来ないオニを引きずり出すには、憑依されたヒトの心を荒ぶらせて制御不能にする必要がある。
「ホントにごめんな。どうにもならないことがあるのもちゃんと分かってるよ」
オダが右掌を前に突き出す。するとその周囲の空間が熱を持ったようにゆらぎ、だんだんと凝縮していく。ゆらめきの塊はやがて黄金色の刀のような形状をとった。不安定ながらも強烈なエネルギーを感じる。
『ヒイラギ』――ヒトがオニに対抗するために造り出した兵器である。オニがヒトの心を操れるのなら、自身の心を操ることができる才能を持つヒトもごく少数いる。そのヒトの心のエネルギーが形どる刃をヒイラギと呼んでいる。
「はーい一閃、任務完了〜」
あっけないものである。驚異的な瞬発力で一気に相手との距離を詰めたオダが、空気中に漂う虫をはらうようにヒイラギで撫で斬ると、オニは音もなく霧散した。
このようなか弱い存在のせいで人類は一時絶滅寸前まで追い込まれたのだと思うとやるせなさを感じる。
「確保!!確保ーッ!!」
周囲に待機していた警察官が男を取り押さえる。オニ憑きは罪に問われないとは言え拘束され、事情聴取の対象になる。男は手錠をかけられ、ぐったりとしながらも立ち上がり、警察官に付き添われ歩き出す。
「おまわりさんちょい待ってよ」
オダがそれを引き留め、男に話しかける。
「不眠症なんでしょ?もうガッツリ鬱症状出てるよ」
懐から名刺を取り出す。
「これ、俺の行きつけじゃない精神科」
「……行きつけじゃないんですか?」
「俺の待ち時間延びるじゃん。休職するべきって診断されたらお医者さんから会社にも連絡してもらえるからさ。ちょっと休みなよ」
男は不安げな表情をしている。
「それでもダメならやめちまえそんな会社。会社選びなんてお見合いと同じさ。マッチする人もいれば反りが合わない人もいるよ。もし現状を努力でどうにも出来ないなら、新しい居場所を探す努力をする方がいいかもよ」
「……出来るかなぁ……そんなこと」
「元気を取り戻した後のあんたに任せときゃいいって」
男はストンと肩の力が抜けて、しょんぼりしながらポロポロと泣いた。
「どこで何やってもいいんだからさ、とにかくあんたが良い仲間に恵まれることを祈ってるよ」
——地上へ出ると、雨は止み、雲間から陽が差し込んでいた。陽の高さを見て「もうこんな時間か……」とオフィスに残る仕事へ思いを馳せるオダ。それと対照的に、まだまだ食べ盛りのミミヒデの下腹部からクゥ~と元気な音が鳴った。
「……向かいにあるさぁ、王様みたいな偉そうな名前の中華屋知ってるでしょ?ここが本店なんだよ。食べていこーよ。あれ?何怒ってんの?」
「……怒ってませんけど……聞こえたんですか?」
ミミヒデが耳を真っ赤にしながら襟に顔を下まぶたの位置まで突っ込んでいる。
「んな恥ずかしがらなくても腹減りゃ音もなるよガハハ!」
何らかのハラスメントを受け、イラッとしたものの、恥ずかしさも含めて色々どーでもよくなってしまった。
「……オダ課長はこの仕事嫌にならないんですか?1人だけ忙しそうだしオニ憑きの鎮圧もすごく精神がすり減りますよね?」
「ンミミヒデ君!?ストレス抱えてるの!?すぐ社内カウンセリングの予約取るから!!」
とんでもない速さで通信端末を取り出したオダの手をミミヒデは必死に抑えた。
「違くてっ!気になっただけでっ!」
「あっなんだぁ〜。肉球冷や汗でベチャベチャになっちゃったよ」
へにゃっと笑いながらオダが答える。
「……仕事なんて嫌なことばっかだよ。だけど仲間と昼飯でも食ったらよっしゃ気張るか!って夕方までは耐えられるし、夜にパーッと飲みに行けば翌朝デスクの前までは行ける。そんなもんさ」
青信号になった横断歩道を歩き出すオダを、後ろからミミヒデが追い越し、振り向く。
「にんにくゼロ生姜餃子定食と海鮮焼きそばと春巻とごま団子、おごってください!」
「ハハ、若ぇ〜」




