FILE001 対特3課長ノブニャガ=オダ 前編
「ぐっ……ウヴッ……助け…………」
時は2XXX年 『ネオ戦国時代』と呼ばれる今、20XX年代に生きる君達の知らない『災害』が猛威を振るっている——
「ウヴッ…ヴァッ……ヒック…………ふぇーん……」
対特殊災害第3課――略称『対特3課』。日本の平和を守る精鋭が集められた特殊機関のオフィスから情けなくも悲痛なすすり泣きが漏れ出ていた。
対特3課長『ノブニャガ=オダ』
手入れ不足でツヤがないグレーの体毛。虚ろで濁ったアンバー色の目。体毛越しでも分かるどす黒いクマ。何ともみすぼらしい痩せてひょろりとした身体。道路の端で踏み荒らされたすすきのようだ。
はて?読者である旧人類と少し違う見た目をしていのではないだろうか?猫の特徴を有するヒトをどう呼ぶのだろうか。ケモ?Furry?
人と獣の混じり物なのでそのまま『獣人(Hu-mal)』と呼ぶ。
ここ3日ほどは特に忙しく職場と併設の寮にも帰れていない。オリーブグリーンのパンツと漆黒のレザージャケットは本来なら実動部隊らしい凛々しい制服なのだが、涙と皺でクチャクチャのヨレヨレになっている。
「クフフ♡課長ォ〜?失笑を禁じ得ないので三十路過ぎの大人がみっともなく泣かないで下さいよォ〜♡」
猿型獣人の男が椅子の背もたれをギッギッと揺らしながら甲高い声で嘲笑う。端正で品のある顔立ちをしているが、常に絶やさない軽薄な微笑みにより近寄りがたい印象を与える。
良く言えば『傾奇者』悪く言えば『ピエロ』のようだ。
「ビチャビチャできったないのう。ほれ、これで拭くんじゃ情けない」
狸型獣人の女性は一見子供のような小柄な体躯である。が、見た目に反して眼光も言葉もナイフのように鋭く一筋縄ではいかない雰囲気を纏う。
彼女が何の見返りも求めず上質なシルクのハンカチを渡すなど珍しいことなのだが、それだけオダの顔面は見るに堪えないのだろう。
「グズビッ……チーン!……だって……オニのエネルギー量測定方法の考案とかムリなんだもん……ん〜〜ヤァーーッ!!??☆……もうやだよぉ!!!」
「んまァ〜♡発狂からのガチ泣きは流石にドン引きなんでやめてくだちゃあ〜ィ♡」
猿男は心底嬉しそうで、どこからか幼児用のガラガラまで取り出している。オダを徹底的にいじるためにデスクに仕込んでおいたのだ。
「月曜の朝から勘弁しとくれよ……」
外の雨と同じくらい陰鬱で湿り気のある雰囲気が3人の周りを包んでいた。
湿っぽさを逃がすようにオフィスの扉が開き、その音が猿男のガラガラを止めた。
「おはようございます。課長、また泣いてるんですか……」
対特3課で最年少の青年『ミミヒデ=アケチ』
小さく華奢な身体に反して大きく長いうさぎの耳は主張することなく頭の横に垂れ下がっている。制服には隠密行動を想定して襟高でフード付きのものもある。若年層は特殊レザーのジャケットを堅苦しく思っているようで、フーディの方が人気だ。
顔の半分をすっぽり覆っている襟から覗くアンニュイな瞳に見つめられ、オダは少し正気を取り戻した。
「ああ……スンッ…おはようミミヒデ君。またって言われるほど泣いてないよね?」
「週4で泣いてるじゃないですか。少しだけでもお仕事お手伝いしますよ?」
「いやね、難しい内容だから自分でやるしかなくってね。仕方ないんよ」
対特3課では『ブラザー制度』を採用している。新人一人ひとりに対しベテランが兄姉のように寄り添い、幅広いサポートを行う。
係長以下の者に割り振っていたのだが適任がおらず、少し可哀想な気もするが課長のオダがミミヒデのブラザーとなった。
(いかんいかん。課長であると同時にブラザーなのだ。後進に情けない所を見せるわけにはいかない)
「あとは稟議書ちゃちゃっとやっつけたら終わりだから大丈夫!ミミヒデ君も今抱えてる案件――」
その時、建屋全体に警報音が鳴り響いた。
〘LEVEL 2 LEVEL 2 京都商業区域にてオニ憑き1名がナイフを振り回し通行人3名軽傷。対特3課に命令、速やかに転送ゲートから出動せよ。転送時間約7秒と推測。LEVEL 2 LEVEL 2 ――〙
通信端末に送られた詳細情報を確認しながら、オダは機械のような手捌きで身支度を整える。
「出動要請だ。出勤早々悪いけどミミヒデ君一緒に出られる?」
「もちろん仕事なんで。でも課長も同行するんですか?レベル2ならボクだけでもやれますよ」
「そうですよォ〜♡課長ォ修羅場ってるんだからワタクシが出てもいいんですよォ〜?」
「後輩達に愛されて嬉しいねぇ。だけど腰が凝り固まってるからちょっと走りたいんだぁ〜⤴」
気持ち良さそうに伸びをしながらオダが立ち上がる。
「それに、多分だけど『良い教材』になりそうな案件なんだよね」
なるほどとも思うが、多忙なオダに時間を割かせることにミミヒデは気が引けた。優しくて頼りになるけど……モヤモヤが口から漏れ出てしまった。
「まあ、まだ信頼されてないんだろうな……」
転送装置に入ると日本全国の災害発生地点までまさに秒で移動出来る。いつものルーティンで靴紐を固く結び直しているオダが呟いた。
「オニ1匹しばき倒したらデスクの書類も1枚減らねえかなぁ……」
転送中の7秒間、ミミヒデは妙に長く感じた。




