FILE007 コンヱ=クロダ 後編
——電車を乗り継ぎ、大型電気街に到着した。電気街とは言うものの、大半の人間はいわゆるオタクコンテンツのためにここを訪れる。
「あんなにハレンチな広告♡ここって風俗街より過激なんじゃなァい?」
「わ、わたしはああいうのはよくわかりまひぇんねぇ……?そ、それよりカレーでも食べてみませんかぁ??有名らしいですし……」
ここにはライトなものからねとねと濃厚なものまで、オタクが喜ぶものが何でも揃っている。劣情、渇望、虚飾……様々な欲望が渦巻く。換気扇の排気のような、湿り気を帯びた生暖かい空気に包まれた街だ。
「あのフリフリの服を着た客引きはどこまでサービスしてくれるのかなァ?」
「オ、オムライスにケチャップで文字書いてくれるだけですよぉ」
——食事を済ませ、巨大な街を2人でそぞろ歩く。
「コンヱちゃんはその『血河?ちーかわ?』ってキャラクターが好きなんだァ?」
「は、はい。かっ、かわいくて平和ですよねぇ」
嘘をつきました。本当は上司×部下モノを漁りに行きたいんです。
「この『ポチャマ』っていうコ、かわいいねェ♡」
「それちが……」
その時、突然視界にノイズが走る。異変に気付き、辺りを見回すと、いつの間にか眼前の風景が電気街から広大な草原へと変貌していた。
「ひゃあ!な、なんですかこれ!?」
「んー?VRTTの故障かなァ?」
〘ブッブーーー!!正解は天才ハッカー『アノニジマス』のハッキングでしたー!!〙
何もない青空から声が聞こえる。
〘政府直属の有名ハッカーがいるだとか聞いてぇ〜?攻撃してみたらぁ〜?はい!雑魚!何もさせずに勝っちゃいましたぁ〜!!!〙
「おやぁ?なんか負けちゃったらしいよォ♡」
「き、急になんなんですかね……」
こちらの事情などお構いなしに、突然一方的に自分の言いたいことだけを早口で喋る。ああ、中学生の頃のわたしって傍から見るとこんな感じだったのかな……と、コンヱは無性に恥ずかしくなった。
〘お前らのどっちかが民防のハッカーなんだろ?人質に取って身代金ガッポリ稼いだ上、政府のエリート犬を倒したハッカーとして一躍有名人になれるんだよ!ヒャハハ!塩が足んねえよ笑い止まんねえよー!!〙
「んふふ♡なんか話し方が変♡コンヱちゃぁん?なんとかならないのォ?」
「えっと、仮想現実でもコンピュータか何かしらの端末があればどうにかなるんですけど……うぅ、くそっ!ヒヒヨシ様との休日を邪魔して!」
コンヱはフードで目を覆い、ブツブツと呟いているが、万策尽きた様子だ。
〘草原のド真ん中だもんねぇ!ハッカーなんてどうせツール無いとどうにもならないもんねぇ!無力なカスはそこでジーッと待っててくれや!すぐ終わらすからよ!〙
「こ、こっちもすぐ終わらすよ。青森県中津軽郡◯◯◯村在住の多分無職。ゴテツ=ナガツマさん」
〘…………え?〙
コンヱがプライバシーを侵害する。突然のことで自称天才ハッカーから間抜けな声が漏れ出てしまう。いつからだろうか……コンヱのアバターの各所から無数の『文字列』が連なってほどけ出ており、彼女の周囲を漂っている。
「PCの負荷高過ぎてギリギリじゃん。あぁ、こんな安物のツール使ってるからか。GPUもコスパ重視のやつね。過負荷かけて壊しちゃうけど仕方ないよね」
〘あっあっ、嘘だろ!煙が!!どうやって!?あぁ待って!!〙
恐怖に震えた声が聞こえ、周辺の景色が草原から電気街へ戻った。
「これだけは奮発したんだね。VRTTへのクラッキングツール。こんなもの作られてたんだ。あぁ、闇サイトで依頼したんだね。ダメだよ購入履歴隠蔽しとかないと。重犯罪者だね」
〘あっ……あっ……もう許して……〙
「他人が作ったツールでしか戦えないなんて情けないね。あぁ、あなただけじゃないよ?ハッカーの大半そうだから。ちょっと待ってね。アバターのプログラム書き換えてアウトプットするのかなり手間なんだよね」
コンヱの通常業務は、今対処している事案に近い。
SNSやBBSというのは、ヒトの悪意の巣窟だ。インターネット上を巡回して、オフィスや自室にいながらにしてオニを消滅させている。
時に言葉で『はい、論破!』
時にツールやアカウントを『滅!』
誰よりも効率的に仕事をしている。
「できた。『VRTT用ヒイラギver01.exe』」
オダが刀を振るうように、ヒヒヨシが如意棒を操るように、彼女もオニを処理するための『才能』を有している。画面の向こう側の対象からオニを引きずり出した上、IPアドレスされ割り出せていたら使用可能だ。
「太陽拳〜」
コンヱは左手を顔の横に添えながら、分解されてスカスカの右手で空中に浮き出てきた仮想ボタンを押した。
画面の先でどうなってるかは研修中に一度見たきりだが、オニ憑きの目の前にあるモニターから黄色い光が広範囲にビカッと放たれ、それを浴びたオニが霧散する。その後警察が立ち入り調査すると、ちゃんと機能しているらしい。
ようやく目を開いたコンヱは驚愕した。目の前の景色がいつの間にか草原から電気街へ——怯えて後ずさったが、アバターの脚部の大半はプログラミングで消費してしまいボロボロだ。そのまま後ろへこけてしまった。
と、思いきや、地面に身体を打ち付けることはなかった。なんと、コンヱはヒヒヨシの腕の中に収まっていた。
「言ったでしょォ?だっこしてアゲルから大丈夫だって♡」
もうコンヱは叫び声すら出ない。口をパクパクとさせながら硬直するのみだ。
彼女がヒヒヨシに抱いているのは恋愛感情ではない。『憧れ』だ。だからこそより厄介なのである。より高次元にいる上、計り知れない宇宙規模の広大さを持つ『推し』が、今、私に関与しているとは。
柱のように硬直したまま立たされたコンヱの両肩に手を置いたまま、耳元でヒヒヨシが囁く。
「さあ♡デートの続きをしようかァ♡」
コンヱの鼻から一筋の血河が流れた。
———一方そのころ
「ここでお染が斬られたら後味悪くて目覚めが悪いもんなぁ〜!やっぱ暴れまくり将軍はその辺のバランス感覚に優れてるわぁ〜!いやぁ〜!それにしてもやっぱ将軍様カッコよすぎるだろ!!!」
「毎回話の大筋同じじゃないですか」
オダとミミヒデは何も知らず呑気に過ごしていた。




