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FILE008 カダカツ=ホンダ 前編

(オダ課長……ジムに行きませんか?)」



 夜勤。多くの人が避けたがる勤務形態。既に自律神経が破壊され尽くしているオダには問題ないのだが、皆の嫌がる仕事に積極的に手を挙げている男がもう1人、カダカツ=ホンダである。


 痩せ型が多い鹿型獣人(ヒューマル)には珍しい『規格外の体格』をしている。オダのファーストインプレッションは「星の爆発でも死にそうにない圧倒的な化け物」である。

 謎多き男だ。異様な金属製のマスクを常に装着している。その上、ささやき声で話すため会話がむーっちゃ聞き取りにくい。実は見た目よりだいぶ若い……。自分のことは滅多に話さない上、何故か乱世対策部のデータベースにも最低限の情報しか記載されていない。どこからかオダがスカウトし、いつの間にか配属されていた。

 その業務遂行能力は、数多の新人達から『鬼教官』と恐れられたマミヤの折り紙付きであり、格別の信頼を寄せられている。

 

 そんな謎の男のミステリーがもう1つ、何故か夜勤になるとオダをオフィスジムに誘ってくるのだ。

「ま、行くか」


 深夜。暗く、人気のない廊下を2人で歩く。昼間とは違う静寂さとひんやりした空気は嫌いではない。

「カダカツ君、夕方もトレ行ってなかった?そもそも既にでっかい重機7つくらいのっかってるけどまだ鍛えなきゃダメなん?」

「(夕方は気分が上がりませんでした。それに、オダ課長は今週のノルマ未達かとお見受けしましたので)」

 オダは口をへの字に曲げ、フーンと鼻息を吐いた。

「なんで実動要員に筋トレノルマあるんだろうねー。普段身体動かしてんだからいーじゃーんやらなくてー」

「(普段身体を動かすからこそのトレーニングです)」

「ツラいー。めんどくさいー」


 途中更衣室に寄り、利用者のいない貸切状態のジムに到着した。ストレッチ代わりに2人でラジオ体操をした後、それぞれトレーニングを始める。

 オダはイヤホンを着け、BPM高めのプレイリストを再生し、靴紐を締め直した。カダカツは筋トレ中に音楽を聴かない。「(筋肉の声に集中したい)」という意味不明の供述を聞いたオダは、以降その話題に触れていない。

「今日は腕でもやるかな」

 

 オダのトレーニングは非常につまらない。その日取り組む部位を決め、4種目を10回3セット。教科書通りのものだ。さらに、その10回はよく推奨されているギリギリ出来る負荷での10回ではない。実務に影響が出ないようになどと言い訳をして8割分程度の負荷で行う。ということは、この男の筋トレは教科書未満である。

 

 そんな感じで表情も変えずマシンを動かしている不真面目な三十路男の横顔を、ギンギンに見開いた三白眼で凝視しながらバーベルスクワットをしているカダカツは異様そのものであった。塑性変形を起こしそうなくらいバーベルがたわんでおり、血走った眼をしながら深い屈伸を繰り返している。目線の先の男はその眼光に気付かず、あくびをしながら過ごしている。

 

「(美しい筋肉……美しい……)」

 金属製のマスク内でコォー……コォー……という呼吸音に混ざってと小さく聞こえるのだが、音楽にノリノリで鼻歌までかましちゃってるオダの耳には一切届かない。対特3課の人物紹介はこれで最後になるのだが、その殆どが変人図鑑の紹介であったことをここにお詫び申し上げる。

 

 ——4種目終えたオダはダンベルで鉄臭くなった肉球を嗅ぎながら、インターバル中のカダカツの方へ向かった。

「うわ、すっげえ汗。俺終わったからオフィス帰るわ。カッちゃんもほどほどにね」

「(後1種終えたら私も戻ります)」

 いやぁ〜クールだなぁ、なんてオダは感心しているのだが、そのクールマッチョはついさっきまで白目を剥いて大腿四頭筋を極限までいじめ抜いていたことを知らない。


 シャワーを浴び、ブラックの缶コーヒーを片手にオダがオフィスに戻った。余談だが、ツルツルの旧人類から見ると、全身毛でふわふわだとシャワーの後が面倒臭そうに思えるだろう。あるんだな、これが。全身ドライヤーが……!亜鉛電極とプラチナ電極から謎のイオンが発生してやわらかツヤツヤファーが得られるぞ! 

 と、世界観を補足しているとカダカツが戻ってきた。驚天動地の怒号と共に……。

 

「おい!!!オダいるか!!!」

「ヒッ!!びゃあ!!!」

「てめえ!またカダカツがマシンのワイヤーブチ切りやがったぞ!無茶苦茶しねえように言い聞かせるようテメェに言っといただろオラ!!!」

 

 オーガ?……いや、部長だ。悪さをした猫のように首根っこを掴まれたカダカツと共にオフィスに入ってきた。どうして部長は200kgをゆうに超えているカダカツを片手で持ち上げられるんだろう……。オダはそんなことを考えて無意識に現実逃避しようとしていた。

 

「お、おれが弁償しとくんでぇ……」

「テメェ組織の備品だぞクソガキ!!勝手に財布から金出して解決しようとしてんじゃねえ殺すぞ!!」

「ひーん……」

 

 〘LEVEL 4 LEVEL 4 兵庫歓楽区域にてオニ憑き1名がバールのようなものを振り回し通行人5名重軽傷。対特3課に命令、速やかに転送ゲートから出動せよ。転送時間約12秒と推測。LEVEL 4 LEVEL 4 ――〙

 

 不謹慎ながら思ってしまった。『救いの手』と。

「部長!直ちに出動致します!!」

「テメェ逃さねえぞ。カダカツに行かせる。コイツなら大丈夫だ」

「ひーん……」

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