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FILE005 獣爪梅花皮 後編

 ———同刻、旧都にて。

「憂鬱ですよガチで。なんてったってあの臭いが……」

「わざわざ言うなよアンドウ。命張ってる民防(国民防護庁)よりマシだろ」

「あーあ、先輩民防派ですもんねぇ〜。僕は警察官になって特殊清掃やらされるとは思ってませんでしたけdいでっ!!」



 警察官が総勢20名ほど、ゾロゾロと大通りに面する廃ビルの階段を登っていく。その先頭で公然と暴力が振るわれた。

「殴らなくていいじゃないですかぁ!」

「るっせえ!俺達は床洗うだけじゃなくて証拠洗うんだよ!」

「結局床洗うんじゃないですかぁ〜!」

 なんて言い合っている間に件の4階に着いた。全員立ち止まり、少し息を飲んで拳銃のホルダーに手を掛けた。

「開けるぞ」

 

 扉が開いた瞬間、生臭く湿った鉄臭さと、アンモニアと腐肉と汚泥が混ざったような目に染みる悪臭がモワッと顔にかかった。この世のものではない巨大な化物に至近距離で吐息をかけられているような気分だ。先輩とアンドウは顔を顰めながらも銃を構え、オフィス内に入っていく。後続も連なっていくものの、後列の数人かは胃の中のものを吐いてしまった。

 クリア。クリア。クリア……。死体が大量に横たわる部屋を次々と確認し、万が一生き残りがいないかどうか確認していく。……最後に一番奥に残る一室の扉を開ける。

「うっ!!!」

 

 この中で最年長であると思しき、先輩と呼ばれている男でも、その惨状には慣れない。手脚は原型を失くし、開かれた腹から臓物を引き摺り出された男が椅子に縛られたままの状態で絶命している。過去の数件も全く同じ有様だったのだが、見る度に現実とは思えず気が遠くなる。左手を横に広げ、部下を室内に入れないようにしながら声を絞り出す。

「クリア……窓開けて扇風機回せ……全員、捜査に取り掛かれ」


 それぞれが役割を分担し、調査を進める。死体を検め、書類やデータを押収し——最後に跡形もなく清掃する。捜査は慎重に行うが、出てくるものは小悪党がやるつまらない犯罪の証拠ばかり。『この案件』に関する手掛かりは何一つ掴めない。

 

 最奥の部屋。先輩が1人で死体を検めていると、背後から声がした。

「耳や鼻は削がれ、手足の指は全て爪を剥ぎ取られたのち骨ごと縦に割かれている。四肢も骨なんかお構いなしに穴が開けられ、折り紙のように蛇腹に引き伸ばされてる。腹は十字に裂き、皮をホッチキスで留め、ゆっくりと傷付けないように中身を引き出して綺麗に並べたみたいですね。その惨状を本人に見せるために目は潰さなかったと……」

 

 コリー犬に似た犬型獣人(ヒューマル)の男。黒い体毛と同色のヨレヨレのスーツを着ているがシャツのボタンは2つ開き、ネクタイもユルユルでだらしない。目の下には大きなクマがあり長身だがガリガリの不健康そうな見た目だ。

 

「トキ……巡査がわざわざこんなとこに入ってくるな。向こう洗っとけ」

「死なないラインを的確に理解しているような拷問……それも血が飛び散ってる様子もなく、やってることに比べて周囲は綺麗なもんだ。他の奴らも死んだことに気付いてなさそうな表情で死んでる上、全て急所を的確に突いて殺している。返り血を避けるためですかね?毎度のことながら、これを実行した人は色々な意味で『人間』なのか疑問ですよ」

「……やはり立派な観察眼だ。なあ、何故お前は『階段』を降りた?妻の無念を晴らすためにもお前は上を目指すべきだった」

「無念を晴らしても彼女は戻って来ない。疲れたんですよ」

 先輩はバン!とキャビネットを平手で殴った。オフィス全体に聞こえるほどの音が鳴り、空気が凍った。

「ならこの部屋から出ていけ。てめえなんざお呼びじゃない」

「……失礼しました」

 

 トキが部屋を出ると、誰も目を合わせなかった。まるで見てはいけないように、皆苦虫を噛み潰したような顔をして黙々と仕事をしている。

「下っ端は下っ端らしく、外でも漁っときますかね」

 と言い残し、階段を降りていった。

「トキさん、あの日以来別人みたいっすよね……」

「別人のようなもんだ。将来添い遂げるパートナーを亡くすってのは身を引き裂かれるようなもんなんだよ。お前も相手が見つかりゃ分かるさ」

 

 ——ゆっくりと階段を降りていくトキは1階廊下の壁にいくつか並ぶ郵便受けの前で止まると、中を覗くこともなくその中の1つに手を突っ込み、何かを引き剥がした。

「手掛かりが掴めないのは、後手後手でしか動けないからだよ。『ホシ』は我々のことをよく理解(わか)っている」

 回収したものをタバコの箱の奥に突っ込んで胸ポケットに戻し、そのまま何事もなく退勤まで過ごした。



 

 ——署内の購買で買った夕食を片手に、生気のない足取りでトキが宿舎に帰ってきた。ほんの少し前は、郊外に購入したマンションに住んでいたが、あの日以来戻る気が起きず売り払った。のそのそっと財布を取り出し、小銭入れに入っている鍵を探し当て、扉を開け、中に入り、完全に閉まってから灯りを点ける。そこには見慣れたマイホームの光景が広がっていた。

 

 全面の壁にびっしりと膨大な量の捜査資料の写し、写真、タレコミ、SNSや匿名掲示板の書き込み、時系列や人物相関の殴り書き、それらの関係性を繋ぐための赤い糸エトセトラエトセトラ……最近は壁だけでは足りず床にまで侵食している。

 

 ベタな描写だ。だが、創作で見飽きた描写だろうが当事者の執念まで想像してみたことがあるだろうか?トキは毎晩のように、余裕があれば早上がりして、スティック型の栄養食を片手に深夜までそれらを睨み続けている。

 

 だが、今日は違う。人間性を否定するような食事と水入りのペットボトルを放り投げ、ポケットから取り出したタバコをバラバラと床に振り落とし、クシャクシャのソフト箱に残ったものを摘み出す。小型カメラだ。バタバタと這うようにPCデスクに向かい、成果物を確認する。

 

 そこには、今日の午前に鬼人の隠れ家へ向かうオダの顔がハッキリと映っていた。


「鍵が……!!鍵が揃った!!ようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやく……!!!」

 ボサボサの髪の毛と痩せこけた顔面をグシャグシャグシャグシャと掻きむしったのち、指の隙間からターゲットの顔をグーーーーッと見つめる。

「ようやく掴めそうだよ。むーちゃん」

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