FILE005 獣爪梅花皮 前編
「『獣爪梅花皮』
——お前達鬼人を始末するための刃だ」
オダの右手には『禍々しい紅色の斑点』にびっしりと覆われた、惨烈なヒイラギが握られていた。
旧都を隠れ蓑にする半グレのオフィスを訪ねたオダ。そう巧みでもない話術で相手の油断を誘い、半グレが『鬼人』に変異していることを明らかにする。それらを一瞬のうちに音も無く処分した『獣爪梅花皮』
『ヒイラギ』とは、人の心のエネルギーを凝縮したものだ。素質のあるものは訓練によりその黄金色の輝きを手にすることが出来る。
心のエネルギーを凝縮させて、同じく心のエネルギーを糧とするオニを斬る刃。しかし、質量と体積を有する『物質』はすり抜けてしまう。人体をどれだけ斬ってもダメージを与えることは出来ないのだ。100回ほど斬ると少し嫌な気分がするらしいが……。
——廊下に出たオダが正面の扉を開けると、鬼人がワラワラといた。全員こちらを向いてキョトンとしている。
「あぁ、『これ』見ちゃった?絶対秘密なのに〜」
脆弱なオニを斬ることしか出来ないヒイラギだが、全人類の中でも限られた者にしか知らされていない口外絶対厳禁の禁忌の特性がある。その扱いに長けた者は刀身に『円形の極薄空間』を形成することが出来る。そのサイズや薄さ、量は使用者の力量による。いくつもの円形が刀身に現れる様子がエイの革(梅花皮)に似ていることから、ヒイラギの発展型として『カイラギ』と名付けられた。
——隣の部屋にも駆除対象がゴキブリのように集っていた。隣接する部屋で死屍累々の惨劇が繰り広げられていたのだが気付いてもいない。全ての処理は瞬時に、ほぼ無音で遂行されていた。
「スッスッスー……ちょんちょんちょん……ビーズ遊びしてるみたいだよなぁ」
カイラギ中の円形極薄空間同士を線で繋ぎ、そこに使用者の血液を流し込んだものを『獣爪梅花皮』と呼ぶ。ヒイラギは物質に干渉出来ないと先に説明したが、熟練した者が形成した刀身には、唯一『使用者の血液』を流し込むことが出来る。刀身はその心のエネルギーを震わせ、音速を遥かに超えるスピードで血液を流動させる。超高速で稼働する極薄ウォーターカッターはタングステンでさえも豆腐のように切断する。
——残り1体。もう少し歯応えがあると張り合いも生まれるのになぁ。
「はい。メインディッシュですねー。へい大将何震えちゃってんのよ」
獣爪梅花皮とは、人類の想像を絶する切断能力を有しながら羽根のように軽い、まさしく超常の刃なのである。
——あまりにも美しく、残酷で、危険な刃を手にしたオダが、オフィス内の鬼人を殲滅するにはそう時間は掛からなかった。音も無く高速で跳び回りながら次々に鬼人の急所を突き刺して始末していく。溜まった書類に黙々と承認判を捺していくように何の感情もなく仕事を終えていく。最後に一番奥にいる1体を慣例的に拷問するも、やはり何の情報も得られなかった。録画データを回収した後、全ての防犯カメラとインターホンを破壊し、オフィスを後にした。
「……あ、もしもし?いつもすいません。『片付け』頼めますか?——」
鬼人およそ40体が蔓延るオフィスに入ったオダは、綺麗なスーツのままそこから出てきた。
「……まだ昼メシには早いな」
「ただいまー!」
「おかえりーダーリン♡早かったですねェ♡」
「はいよハニー、お土産の旧都饅頭ね」
14個入りの黒糖饅頭だ。復興団体が販売している旧都唯一と言ってもいい土産物だ。
「またこれかぁ。飽きたの〜ぅ」
「まあまあ、ささやかな復興支援なんでぇ」
「わ、私は結構すきですこれっ!素朴で優しい味がしますっ」
オダは『土産魔』である。事あるごとに土産や差し入れなんかを買っては配り歩く癖がある。あまりにも頻度が多いため対特3課には専用のブースが自然にできてしまうくらいで、メンバーは間食に困ることはない。
「2個部長に持ってってあーげよ」
これもいつものことだ。媚びを売るわけでなくただただ『渡したい』から楽しげに持っていく。饅頭を受け取った強面の巨漢は、それをデスクにある今日のおやつ用のおぼんに載せた。出張のことについては一切言及が無かった。オダが饅頭を持ってきた時点で任務は遂行された。いつも通り、平和な1日だ。




