第45話 青の魔法使い
――空は青かった。
見上げたその先で、太陽の光を受けて、キラキラと粒子を残しながら飛ぶ鳥がいた。
ゆったりと俺の身体が揺れる。電車みたいな、心地よい揺れだ。
俺はまぶたをゆっくりと開いた。
鼻先をくすぐるのは、草と土の匂い。そしてすぐ横には――摘みたての植物が束ねられている。起き上がって見れば、俺は荷車の荷台の上で寝かされていた。周囲は簡素な布で覆われ、車輪の音が耳に届く。
「……ん?」
――痛みがない。右足も、折れていない。
気づけば、あの激戦や落下の痛みが嘘のように消えていた。
振り返れば、レイがすぐ近くで眠っていた。白い髪が太陽の光で銀色に輝いている。
「……よかった。俺たちはどうやら生きているみたいだ」
荷台は、ゆっくりと動いていた。
俺が荷台から顔を出し見渡すと、まず目に入ったのは――青い体毛の、不思議な動物だった。馬のようでもあり、ラクダのようでもある。細く長いしっぽをゆらゆらと揺らしながら、堂々とした足取りで草原の中の道を進んでいる。この荷台を引いているのは、そいつらしい。
そしてその動物の背には――ひとりの人物が乗っていた。
青い髪を風になびかせ手綱を握っているのは、多分、女の子。背中をこちらに向けており、まだ俺が目を覚ましたことには気づいていないようだ。
目の前に広がる草原は、見渡す限りの緑。ゆるやかにうねる大地の向こうには、澄んだ水がきらきらと光る川が流れている。
(……すげぇ……)
思わず、俺は息を呑む。なんだか俺が見慣れたイグナスとはかけ離れた世界観。
(ここは……いったい、どこなんだ?)
荷車が小さく揺れる。
青い髪の女の子が、わずかにこちらへと顔を向けた。
目が合った。
――ふいに。
俺も、反射的に見返す。しばらく、沈黙が流れた。
「あ、どうも」
おそるおそる俺は声をかけた。
* * *
彼女は謎の生き物の歩みを止めると、こちらに振り返った。
彼女はその動物から降りるとニコッと屈託のない笑顔で言った
「良かった! 目が覚めたんですね! 二人ともものすごい大けがで倒れてたんですよ」
「俺たちを助けてくれたのか!本当に助かったよ!ありがとう!」
青を基調とした深いフードがついた大きめのローブ。先端に大きな水晶のような石が取り付けられた立派な装飾の杖。
華奢で、無垢な雰囲気をまとった少女。青の髪は、陽光を受けてきらめいていた。年齢はリシアより少し若くみえた。 白い肌に吸い込まれそうなサックスブルーの瞳――何より俺の目を引いたのは彼女の耳がとがっていることだった。
「……涙の跡がついてますよ」
「……え?」
言われて俺は自分の頬に手をやる。
「あ、本当だ……」
嬉しいこと悲しいこと、短期間で色々とありすぎたのかもしれない。少女は、何かを察したように、それ以上は何も言わなかった。
彼女は再び手綱を握り直すと――軽く引いた。
「これから街へ帰るところなんですけど、少し寄り道します。そこに着くまで、あと少しかかるので……もう少し休んでいてください!」
俺はうなずいた。
荷車はゆっくりと動き出し、草の香りに包まれながら、長く続く気持ちのいい道を進んでいく。
(……気を遣ってくれたんだろう)
そう思いながら、俺は草の積まれた荷台に身を預けた。そして、先ほどまでの出来事を――記憶の断片を――少しずつ、ゆっくりと整理していく。
ユーリスのこと。
藤原の目的。
ハクとレイの顔のこと
(……だけど今は、考えすぎない方がいいな)
そうして体感で十五分ほど、車に揺られていたころ。荷車がふと、速度を落とした。俺が目を開けると、いつの間にか周囲は背の高い木々に囲まれていた。
青い髪の少女が、青い珍獣を木陰に停め、振り返って俺を見上げた。
「……よかったら、この森の奥まで一緒に行きませんか?」
「え?」
「私、そこで少し用があるんです。でも……あなたも何か“ワケ”がありそうだったから。よければ、お話だけでも聞かせてください」
そう言って微笑む少女の瞳は、まっすぐだった。
「このあたりは魔物やモンスターも居ませんので安心してください」
熟睡するレイを気にする俺の視線を見てそう彼女は言った。
「あ、自己紹介がまだだね。俺は黒瀬凪。よろしくね」
「はい! 私の名前は、ミーナ・サフィールと言います」
☆今回の一言メモ☆
水の国編でのヒロインの登場回ですね。多くのことを火の国とは対照的になるように表現していくつもりです。危険のない出会い、剣ではなく杖、そして人間ではなく――




